第3章

第9話 会長と副会長


 生徒会室。

 静かな教室で、二人の生徒が机に向かっていた。紙を捲る音とペン先を紙に走らせる音だけが聞こえる。

 部活動の報告書に目を通していた白雪は全て読み終える前に、溜め息を吐いて机に突っ伏した。

 それを隣にいる短髪で眼鏡の男子生徒が呆れたように横目で見遣る。

「……あ~、ダメだ。全然集中できん」

「あなたの場合はいつもそうでしょう。まさか、また僕に生徒会の仕事を押し付けてサボるつもりですか」

「いや、そういう訳じゃないんだが……まぁ俺には俺の事情というものがあってだな」

「そんなもの僕には知ったこっちゃありませんね。くだらない事を考えている暇があるのなら、さっさと仕事してください。今日の分が終わるまでは帰しませんよ」

「……安曇あずみ、君は鬼か」

 安曇と呼ばれた神経質そうな見目の少年は気怠そうに、なんとでも言ってくださいと軽く白雪をあしらう。

 口を尖らせて不満そうに見てくる白雪をまるっと無視して、自分の仕事に戻った。

 元々、白雪は気分屋なので様々な理由をつけて生徒会の仕事をサボる事は多々あったし、大抵その皺寄せは生徒会副会長でもある安曇颯あずみはやてにくるのだ。

 白雪の奇想天外なとんでもない行事の提案を却下するなど、暴走しようとする生徒会長を止めるのも不本意ながら安曇の役目である。

「別にサボろうとは思ってないさ。ただ、少し気にかかる事があるんだよ」

「どうせあなたの事だから、『今度の文化祭は皆が驚くような派手でインパクトのある大掛かりな仕掛けをしたい』だとか、『めぐみに次はどんな悪戯をしたら驚いてくれるだろうか』とかでしょう?」

「なっ何故それを……!? って、いやいや違うからな? 言っとくが真面目に悩んでいるんだぞ俺は」

 あながち安曇の予想も間違ってはいなかったが、今白雪が頭を悩ませているのは美琴のことだった。大事な弟分の友人だ。なんとか力になってやりたい。

 しかし、白雪は霊能力がある訳でもなければ、そういう専門的な知識がある訳でもなかった。自分に力が無ければ、力のある人物に頼るか情報を集めて対処するしかないだろう。

 そんな事を美琴の話を聞いてから、白雪はずっと考えていた。

 今まで霊的な事に関心は無かったが、美琴が話してくれた内容に驚きはしたものの、嘘を吐いているようには見えなかった。恐らく、雷門も白雪と同じだろう。

 それほどまでに美琴が切羽詰まっているように感じたのだ。

「なぁ、安曇。この学校で過去に起きた事件とか、聞いたことはないか? どんな些細な事でもいいんだ」

「……事件ですか。この学校は古くからありますし、そりゃ探せば過去にあった事はいくつか出てくるかもしれませんが……どうしてそんな事を聞くんです?」

「実はとある事情で困っている後輩がいてな。助けてやりたいんだが、問題を解決する為には情報が足りないんだ。過去に似たような事例があれば、もしかしたら助かる可能性があるかもしれない」

 いつもふざけてばかりいる白雪が珍しく真剣な顔をするものだから、安曇は不思議に思いながらもその問いの答えを探した。

 安曇にはこの学校の卒業生である年の離れた兄がいる。その兄から聞いた話に、一つ該当するものがあった事を思い出した。

「事件と言えば、数十年前に一人の男子生徒が行方不明になったという話は聞いた事がありますよ」

「行方不明?」

「ええ。兄から聞いた話なので僕も詳しくは知りませんが……昔、同級生からいじめを受けていた、片目の眼球が生まれつき無い生徒がいたそうです。その生徒は自分をいじめていた生徒と山に入ってから行方知れずのまま、帰って来なかったとか。いじめていた側の生徒は戻ってきたみたいですが、何も知らないの一点張りで……結局どれだけ山を捜索してもその生徒は見つからなかったそうですよ」

 そして山の捜索は打ち切りになり、その生徒は何十年と経った今でも行方不明のまま、未だに見つかっていない。

 そう話す安曇の隣で、白雪は苦々しい表情で眉間に皺を寄せる。

「いじめ、か……いつの時代にもあるんだな……」

「そうですね。愚かないじめる側の人間がいる限り、いじめがなくなる事はないでしょう。まぁ、あなたのような人には無縁の話だと思いますが」

「俺はともかく、君をいじめる勇気がある奴もそうそう居ないと思うぞ」

「仮に居たとしても、僕に害を為す輩は例外なく全員ぶちのめしてやりますよ」

「……そりゃ男らしくて結構だが、君のそのガリ勉の見た目と喧嘩っ早い中身のギャップは最早詐欺だよなぁ」

「それ、あなたにだけは言われたくありませんね」

 心の底から心外だと言わんばかりに安曇は顔をしかめる。物語に出てくる王子様然とした見た目なのに、三枚目のような言動ばかりする白雪のギャップと肩を並べたくはない。

 何故か不機嫌になった安曇に、白雪が事件の詳しい話を聞こうと口を開きかけた時、勢い良く生徒会室の戸がノックもなしに開かれた。

 驚いた二人が同時に出入り口を向くと、そこには肩を上下に揺らして大きく息をする雷門がいた。

「ッ、はぁ……っ央、大変だ!」

「めぐみ……? どうしたんだ、一体何が」

「雨宮が、いなくなった!!」

「……なんだって? お前と一緒にいたんじゃないのか? どういう事なのか説明してくれ」

 雷門は息を切らしながらも白雪に経緯を話した。

 帰宅途中に突然美琴の様子がおかしくなった事、そして美琴の家に着く前に彼女と別れた事、どうしても不安になった自分が美琴の無事を確認しに彼女の家まで行ったが、まだ帰っていなかった事。

 あのフラフラの状態で寄り道なんて考えられないし、雷門は美琴と道の途中ですれ違ってもいない。

 嫌な予感がした雷門は周辺を走って探し回ったが、美琴は見つからなかった。

 悔しそうに唇を噛む雷門を白雪は厳しい表情で見つめる。

「どうしてそんな状態の雨宮を一人にしたんだ」

「……すまん、俺の落ち度だ」

「はぁ……お前を責めても仕方ないな。とにかく俺も雨宮を探そう。安曇、悪いが俺は席を外す。後の事を頼んでいいか」

 白雪が黙ったままの安曇に視線を向けた。安曇は自分に向けられた真剣な眼差しに、ふっと口元を緩めて笑う。

 聡い安曇は二人の会話である程度の事情を把握して、恐らく先ほど白雪が言っていた困っている後輩というのは姿を消した彼女の事なのだろうと思った。

 安曇は破天荒な白雪に普段振り回されてばかりだが、彼が情に厚いことはよく知っている。

 今日こそは生徒会長としてしっかり最後まで仕事をしてもらおうと考えていたが、どうやらまた白雪の仕事が自分に回ってきたようだ。

 安曇は苦笑したまま、仕方ないですねと溜め息を吐いた。

「今回だけですよ? 次は逃がしませんからね。まったく、あなたのような生徒会長を持つと苦労します」

「頼りにしてるぜ、副会長さん」

 調子良くウインクをする白雪を見て呆れ顔をする安曇に、「いいからさっさと行って下さい」と二人は生徒会室を追い出された。

 すぐに学校を出た白雪と雷門は美琴がいる可能性のある所を考えて、周辺をしらみ潰しに探す。

 美琴の無事を心の中で祈りながら、二人は夕暮れの田舎道を走った。


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