第8話 幻影を求めて
いつもは晴人と歩く田舎道を雷門と二人で並んで歩く。
晴人以外の人間と一緒にこの通学路を歩くのは初めての事だったので、美琴にとってはなんだか新鮮だった。
雷門は無口だが、きちんと気遣いは出来るし、何より優しい。見ていないようで、実は細かいところまで見ているようだ。
それに、中性的な白雪とは真逆の、男らしい顔つきをしている。これはクラスの女子達が騒ぐのも納得だな、と心の中で思いながら美琴は隣を歩いている雷門の顔を横目で眺めていた。
その視線が気になって仕方ない雷門は、眉を寄せて美琴のほうに顔を向ける。
「なんだ? 何か言いたい事でもあるのか」
「いや、別に……あ」
今のやり取りに既視感を覚えた美琴は小さく声を上げた。そういえば今朝も雷門とこんな会話をした気がする。立場は逆だが。
怪訝そうな顔をしている雷門に、今度は美琴のほうから声をかけた。
「今朝のアレは結局なんだったの? あの時、私に何か聞きたい事があったんでしょ?」
「……それは、まあ……そうだが」
何故か言い淀む雷門を美琴は不思議そうに見つめる。
あー、とかうー、とか誤魔化すように唸る雷門をじっと見ていると、重い溜め息を吐いて観念したように口を開いた。
「その……お前、登下校とか学校でもいつも一人でいるだろ?」
「………………ひとり?」
「ああ。それなのに、まるで誰かと一緒にいるように喋ったり笑ったりしているから、それがちょっと気になっただけだ」
美琴には雷門の言っている意味がわからなかった。
確かに授業中は一人でいる。だって、晴人とはクラスが違うから。
でも、それ以外の時間は殆ど晴人と一緒にいた。登下校する時だってほぼ毎日晴人が美琴の隣にいたのだ。一緒に他愛ない話をして、笑って、同じ時間を過ごしていた。
あれだけ共にいた自分達を同じクラスの人間が一度も目にしていない訳がないじゃないか。
だったら何故、雷門は自分のことをいつも一人だと言うのか。おかしい。きっと何かの冗談だ、そうに決まっている。
その場に茫然と立ち尽くす美琴に気付いて、雷門も足を止めた。
考えたくない事実が頭を過って、思わずひきつった笑いが美琴の口から漏れる。
「は、ははっ……一人って、何を言ってるの。私はいつも晴人と一緒にいたよ。雷門だってそれを何度も目にしていたよね?」
「はるひと?」
「そう、隣のクラスにいる右目に眼帯をしている男子生徒」
「……お前こそ何を言ってる。俺達の学年にそんな名前の奴はいない」
「え……?」
「こんな田舎なら生徒の人数も少ないうえに、殆ど小学校から同じ顔触れだ。同じ学年であれば全員の顔と名前を覚えている。だが、『はるひと』という名前の生徒なんてこの学校には存在しないし、少なくとも俺は一度も見たことはない」
雷門のその言葉に、美琴は鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。
今まで信じていたものが崩れていく音が聞こえる。足元がグラグラと不安定に揺れている気がした。
「嘘よ……今日だって一緒に登校したし、保健室にも来てくれて……」
「おい、雨宮?」
「あ……そうか、保健室だ! 今日あなた達と入れ違いで保健室を出て行った生徒がいたでしょ!? 雷門も見た筈だよね!?」
「……いや、保健室には元々お前一人しかいなかった。俺達は保健室で他には誰にも会っていない」
「そ、んな……」
混乱して取り乱す美琴を見て、雷門は困惑していた。
愕然とした様子の美琴に、どう声をかけたら良いものかと雷門が内心戸惑っていると、呟くような低い声が聞こえてきた。
「雷門……申し訳ないけど、一人にして欲しいの」
「……だが」
「お願い。どうしても一人で考えたい事があるから」
「…………わかった」
有無を言わせないような響きを含んだ言葉に、渋々頷いた雷門は美琴に鞄を返す。
それを受け取って歩き出した美琴の歩みは危なげで、雷門は不安そうな表情を浮かべながら、その後ろ姿が見えなくなるまで見送っていた。
雷門は、この時に無理やりにでも美琴を家まで送っていけばあんなことにはならなかったのでは、と後悔することになるとは夢にも思わなかったのである。
*
雷門と別れた後、美琴は顔面蒼白のまま、帰り道を一人で歩いていた。その足取りは重い。
美琴の頭の中を占めているのは勿論、晴人のことだ。今まで無意識の内に見ない振りをしてきたが、よく考えれば晴人について腑に落ちない点はいくつかあった。
(そもそも私と晴人はいつから友達になったの……?)
それすらも、わからない。気付いたら隣にいて、気付いたら美琴も晴人のことを当たり前のように受け入れていた。
(もしかして自分は夢でも見ていた? あの日々は全て幻だったとでもいうの? そして晴人を大事に想うこの気持ちも、本当は偽りなの……?)
どこからが嘘で、どこまでが真実なのか。考えれば考える程にわからなくなってきた。
「私は一体、何を信じればいいの……」
悲痛な面持ちのまま、美琴は覚束ない足取りで普段の倍以上の時間をかけて家の近くまで歩いてきた。
ふと何気なく顔を上げた先には、見慣れた分かれ道が見える。いつも学校の帰りに晴人と別れていた場所だ。
晴人の家はこの道を右に行った、山に近いところにあるのだと言っていた。もしかしたら、この先に晴人がいるかもしれない。
さっきのは雷門の悪い冗談で、本当はちゃんと晴人は存在している。きっとまた笑顔で自分を迎え入れてくれる筈だと自分自身に言い聞かせて、なんとか心を落ち着かせた。
足が自然と祖父母の家とは反対方向の右の道へと向く。
そして、美琴はそのまま吸い込まれるように山奥へ続く道へと入って行くのだった。
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