第7話 少女の執念


「──その昔、今から何十年も前の事だ。

 うちの学校にとある女子学生がいた。見た目も平凡で、どこにでもいるような普通の生徒だったが、彼女は一つだけ普通ではない能力を持っていたんだ。

 それはいわゆる超能力と呼ばれるもので、彼女はそれを周囲に隠しながら日常生活を送っていた。

 超能力といっても、念力で物を触らずにほんの少しだけ動かしたり、人の少し先の未来を予知したりする程度のものだったそうだ。

 それがある時、周りの人間に彼女の能力がバレてしまった。

 彼女は予知した悪い未来を善意で友人に警告しただけだったが、それが災いした。人間は自分と異なる力を持つ存在に対して恐れを抱くものだからな。

 当然のように周りは彼女の事を異物のように扱った。無視から始まり、終いには謂れのない罪を着せられ様々な暴力を受けたんだ。

 まあ……要するにイジメ、だな。周りの人間は誰一人彼女を庇うことはなかったらしい。

 そのイジメの主犯格が彼女と同じクラスにいた二人の学生だった。その二人は執拗に彼女を追いつめ、まるで楽しむように毎日イジメを繰り返した。

 そして、それに耐えられなくなったその女子学生は学校の屋上から飛び降りて自殺したそうだ……

 おっと、まだ話は終わりじゃないぜ?

 重要なのはここからだ。

 彼女が亡くなってから十数年後に、ある事件が起きた。

 当時、この学校に在籍していた女子学生の惨殺された死体がこの近くの山で見つかったらしい。遺体は損傷が激しく、それはもう目を当てられないほどの状態だったそうだ。

 これは誰が見ても殺人事件だと周りの人間が騒ぎ立て、すぐに警察による捜査が始まる。

 被害者は不良として地元でも有名な問題児だった。彼女に相当な恨みを持つ人間が殺したとしか思えない死に方だったことから、警察は被害者の周囲にいる人間から洗い出していった。

 しかし、どれだけ警察が調べようと何一つ犯人に繋がる証拠も目撃情報も出てこない。

 その代わりに出てきたのは、被害者が亡くなる一週間程前から家族や友人に漏らしていたというおかしな話だけだったそうだ。

 そのおかしな話というのが、白いワンピースを着た気味の悪い女が夢に何度も出てくるだとか、その女が日毎に自分に近付いてくるだとか、最終的には周りに泣き喚きながら助けを求めてきたという話だ。

 そんなオカルトな話を警察は信じちゃいなかったが、その話を聞いた被害者の担任の男性教師が酷く怯えながら、次の被害者は自分かもしれないと譫言のように呟いていた。

 それを不審に思った警察がその教師に話を聞くと、驚きの事実がわかったんだ。

 さっきの話に、自殺した女子学生がいただろう?

 その教師は彼女の元クラスメイトだったんだよ。実は彼も被害者が亡くなる前日にその生徒からこの件に関する相談を受けていたんだが、その時に見えてしまったそうだ。

 ん? 何が見えたのかって?

 ……その生徒の背後から肩越しに覗く少女の青白い顔だよ。

 その顔は間違いなく元クラスメイトの彼女のもので、着ていた白いワンピースは彼女のお気に入りの服だったそうだ。昔その教師が彼女の葬式に出た時に見た、棺の中の遺体が着ていたものと同じ服だったらしい。

 その男性教師は、「きっと彼女が女子生徒を殺したんだ……あの時のイジメに見て見ぬ振りをしていた俺も、彼女に殺されるかもしれない」と震えながら話していたようだ。

 ……ここで疑問に思わないか?

 どうして彼女は関係者である男性教師ではなく、何の接点も無い女子学生を標的にしたのか。

 この男性教師の話にはまだ続きがある。

 今回の被害者の顔は、とある人物と瓜二つだったそうだ。その昔に彼女を自殺へと追い込んだ、イジメの主犯格である女子生徒の片割れとな。

 男性教師も初めてその生徒の顔を見た時はあまりに似ていて大層驚いたらしい。

 まあ……その、なんだ。理不尽に感じるかもしれないが、つまりこの事件の被害者はそのイジメの加害者だった学生と顔が似ているというだけで、彼女に殺された可能性が高いって事だな。

 警察もこの事件についてはお手上げだったようで、結局捜査の途中で引き上げていった。

 ここで一番の問題は、生前の彼女が超能力者だった事か……

 この話を聞いた当時の校長はその危険な霊を祓おうと考え、有名な霊能力者を此処に呼んだみたいでな。

 数多くの実績がある霊能力者だったため、校長はこれでもう被害者が出ることはないだろうと安堵したそうだ。

 しかし、その数日後にその霊能力者は謎の死を遂げた。これも彼女の怒りによるものだと怯えた校長は更に何人かの霊能力者を呼んだが、その全員が無事では済まなかった。

 何故なら生前から能力を持っていた彼女は死んだことにより、生きている人間では誰も立ち向かえる者がいない程に、力の強い霊になっているらしい。

 その彼女の霊は、いまだにこの世をさ迷っているって話だ……」


 白雪の話を聞き終えた美琴は青ざめた。

 あの少女がこの話に出てくる女子学生だというのなら、自分も被害者と同じようにその女子学生を自殺に追い込んだ学生と、顔が似ているという事なのだろうか。

 そして、彼女に敵う人間がいないという事は、自分が助かる可能性はゼロだという事ではないのか。色々な考えが美琴の頭の中に浮かんだ。

 語った本人である白雪は難しい顔をして黙りこんでいるし、雷門も渋い顔をして何か考え込むように遠くを睨み付けている。

 今の話と美琴の身に起こっている事は、あまりに類似点がありすぎた。長い沈黙が続く。

 その時、この場に不釣り合いな間延びしたチャイムがスピーカーから聞こえてきた。はっとして美琴が時計を見ると、どうやら下校の時間になったようだ。

 白雪が椅子から立ち上がる。

「……その、悪い。生徒会の仕事があるから俺はもう行くな。この件については何か解決方法がないか俺のほうでも調べておくよ。めぐみ、雨宮を家まで送ってやれ」

「言われなくてもわかってる」

「あの……白雪先輩、ありがとうございました」

 美琴が頭を下げると白雪はニカッと歯を見せて笑い、「白雪先輩じゃなくて、央でいいぜ」と言い残して保健室から出ていった。

 雷門も自分と美琴の鞄を肩にかけると、椅子から立ち上がる。

「立てるか?」

「うん。鞄も自分で持つから大丈夫だよ」

 美琴は自分の鞄に手を伸ばしたが、雷門はそれを制止して先に歩き出してしまった。

 それもまた彼の不器用な優しさなのだろうとわかってしまって、美琴は小さく笑う。

 すると、雷門が「何がおかしいんだ……」と恥ずかしそうに拗ねるものだから、美琴は今度こそ声を出して笑ったのだった。


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