第4話 つかまえた
その日の昼休み。
社会科を担当している教師に呼び止められた美琴は、授業で使った資料を戻しておくようにと指示され、資料室へと向かっていた。
これも日直の仕事だと、美琴は二つ返事で資料を持って廊下を歩いていく。
本来日直は男女二人ペアなのだが、教室の端で馬鹿騒ぎしているグループに混じっていた日直の男子には声を掛けず、一人で教室を出てきた。
あの騒ぎの中に入っていくのはあまり気が進まないし、これくらいなら自分だけでも持てるから問題はないだろう。
資料室は普段あまり使われないので、奥まったところに教室がある。だから昼休みといっても、資料室へと続く廊下には人通りが殆ど無かった。
資料室の戸を開けると教室の中は埃臭くて、日中なのにどこか薄暗い。
それがなんとなく不気味で、美琴は早く資料を置いてここを出ようと足早に中へと入る。
持っていた資料を机や棚に戻して、さっさと資料室から出ようと美琴が後ろを向いた時、自分の真上から微かに音が聞こえた気がした。反射的に肩が揺れる。
それは、べちっと手のひらで天井を軽く叩いたような小さな音だった。
冷や汗が頬を伝い、嫌な予感で頭が一杯になる。
静寂に包まれたこの空間では自分の心臓の音がうるさく感じた。ごくりと生唾を飲み込むと、美琴は思い切って上を見上げる。
しかし、そこにはただの天井があるだけで特に変わった事は何も無かった。
それを確認した美琴は、ほっと胸を撫で下ろす。
「気のせいか……少し過敏になりすぎているのかも……」
そう独り言をこぼすと、入ってきた時に開いたままにしておいた資料室の出入口へ向かう。
何気なく腕時計を見て、午後の初めの授業は体育だった事を思い出した。
着替えや日直の仕事もあるから早めに準備をしなきゃ、と考えながら美琴が資料室を出ようとしたその瞬間──バンッ!! という大きな音を立てて目の前の戸がひとりでに閉まった。
予想していなかった突然の出来事に、美琴の口から意味の無い母音が漏れる。
心拍数が一気に跳ね上がった。
当たり前だがこんな田舎の学校の教室に自動ドアなんてある訳がないし、美琴も戸には一切触れていない。
では、一体誰が資料室の戸を閉めたのだろうか。その疑問が頭に浮かぶよりも先に、美琴にはその犯人がわかってしまった。
その正体に気付いた美琴の体は、寒くもないのにガタガタと震え出す。
資料室の外側、つまり廊下にいる人間の仕業ではないことは明白だった。
美琴は驚愕と恐怖の入り混じった表情で目を見開く。資料室と廊下を隔てる目の前の戸を、自分の後ろから伸びている異様に長く白い手が押さえていた。
人間の息遣いが美琴の真後ろから聞こえてくる。
資料室には自分しか居ない筈だ。それなら今、自分の背後にいるのは一体誰なのか。
美琴の呼吸が荒くなる。まるで金縛りにでもかかっているかのように、全く身動きがとれない。
声を出すことも出来ずにいる美琴の顔の真横から、サッカーボールと同じくらいの大きさの黒くて丸い何かが、ゆっくりと姿を現す。
震える美琴の歯が小さく音を立てた。その丸い何かから視線を外す事すら叶わない美琴は、嫌だ、もうやめてと心の中で何度も叫ぶ。
しかし、その願いが聞き届けられる事はなく、酷く緩慢な動きで背後から出てきたその丸い何かは、ぐりんっと美琴の方を向いた。
至近距離でソレと目が合う。
その丸い何かは、暗闇に浮かび上がった女の生首だった。暗く窪んだ眼球が美琴を見つめている。
嗚呼、彼女だ。直感的にそう思った。
何度も会った白い服の少女なのだと、わかってしまった。
青白い唇が歪な笑みを浮かべ、カラクリ人形のように大きく口を開いた。
生きた蛇のような長い黒髪が、まるで木が根を張るように美琴の体に巻き付いていく。
美琴の両肩に白く細長い指が食い込み、低く掠れたおぞましい声がある言葉を紡ぐと、あまりの恐怖に美琴の意識はそこでプツリと途絶えたのだった。
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