第3話 嵐のような人


 学校に着いてすぐに晴人と別れて、美琴は自分の教室に入る。晴人とはクラスが違うのだ。こればっかりは仕方がない。

 美琴はいつものように自分の席に着いて、予習の準備を始める。

 すると、ある男子が美琴の隣の席に、どかりと座った。

 転校してきた日に一度挨拶をしただけでその後は会話をした記憶はないが、確か名は雷門恵らいもんめぐみといったか。男なのに『めぐみ』という名前は珍しいなと思ったので、なんとなく印象に残っている。

 雷門は、美琴に負けず劣らず無愛想な男だ。

 筋肉質かつ中学生にしては大柄であり、日に焼けた浅黒い肌と刈り上げた短い髪はいかにもスポーツマンといった風貌である。

 しかし、どこか人を寄せ付けないような振舞いをする鋭い眼光の持ち主なので、一見すると不良に見えなくもないが、素行も成績も別に悪くはない。

 ただ極端に口数が少ないので、美琴にとっては何となく得体の知れない怖い同級生という認識である。

 そんな彼が何故か自分をじーっと穴が開くほど見つめてくるものだから、美琴は若干狼狽えた。

 今までそんなに話した事もないし、勿論親しくもない。同じクラスで席が隣同士という接点しかない自分に何か用事でもあるのか。

 その視線に堪えられなくなった美琴は、雷門に顔を向けた。

 いつもと変わりのない無表情ではあるが、何かものを言いたげな雷門の様子に美琴は内心で首を傾げる。

「私に何か言いたい事でもあるの?」

「……いや、別に」

「だったら何なのさっきから。そんなに見られると勉強に集中できないよ」

 美琴がそう言えば、申し訳なさそうに「すまん」と素直に謝られたので少々面食らった。見掛けによらず案外良い奴なのかもしれない。

 しかし、それでもチラチラとこちらを見てくるので、気が散って予習内容が全然頭に入ってこない。

 再度文句を言うために美琴が口を開こうとした時、あまりにも予想外の人物がその間に割って入ってきた。

 いや、割って入ってきた、というより雷門に突進してきたといったほうが適切かもしれない。

「めぐみーっ!! 元気だったかー!?」

「な、っ!?」

「……え?」

 突然の出来事に、美琴の口からは間抜けな声が漏れる。

 まるで体当たりするような勢いで雷門に後ろから抱き付いてきたその人物には、心当たりがあった。

 さらさらとした絹糸のような金髪に細い体躯。儚げな美貌を裏切るような破天荒な性格。こんな特徴的な人間は一度見たら忘れる事は無いだろう。

 まごうことなきこの学校の生徒会長、白雪央しらゆきひさしだ。

 どこの国とのハーフか美琴は知らないが、透き通るような金糸と深い青色の瞳という容姿もさることながら、その言動も目立つことで有名らしい。

 男子の制服を着ていなければ、女子と見間違えるほどに中性的な顔をしている。

 美琴から見ると一つ上の先輩ということになるが、その生徒会長が何故、雷門に体当たりをしてきたのか。

 美琴はこの現状が理解できずに固まってしまった。

「いやぁ最近は特に忙しくてな! めぐみに会えなくて俺は寂しかったぞ!」

「ッく、俺の上からどけこの馬鹿……! あと下の名前で呼ぶな!!」

 二人の親しげな様子に美琴の開いた口が塞がらない。

 親しげと言っても、雷門は迷惑そうなので白雪が一方的に構い倒しているだけにも見える。

 学年も違えば見た目も中身も正反対な二人の意外な組み合わせを目の当たりにして、ついまじまじと見てしまった。

 美琴のその視線に気付いた白雪は、雷門から体を離して美琴に向き直る。

 睨み付ける雷門を気にする事なく、白雪は美琴に向かって無邪気に笑いかけた。

「君が例の転校生か。これからめぐみをよろしく頼むな。見た目は怖いかもしれないが、いい奴なんだ。仲良くしてやってくれ」

「は、はあ……」

「おい! 何勝手なこと言ってるんだ……!」

 抗議の声を上げる雷門を無視して、白雪は勝手に話を進めていく。

 なんでもこの二人は幼なじみらしい。お互いに一人っ子で家も隣近所だったため、本当の兄弟のように育ってきたのだそうだ。

 めぐみも昔は女の子のように可愛らしかったのになぁ、とわざとらしく嘆いてみせる白雪の口を塞いでいる雷門の顔はどことなく赤い。

 どうやら雷門はまるで女子のような自分の下の名前を気にしているらしいが、何度もそれをネタにからかってくる白雪に辟易しているのだと後に語った。

 普段ぶっきらぼうな雷門が自分につっかかってくるのが楽しいのだと白雪は言うが、雷門にとってはいい迷惑である。

 まるでじゃれあうような目の前のやり取りを見て、互いの過去を共有している二人が美琴には羨ましく思えた。

 今更だが、よく考えたら美琴は晴人の過去を何も知らないのだ。

 まだ出会ってから日も浅いのだから仕方のない事だと自分を納得させた。これから知る機会なんていくらでもある。焦ることはない。

 白雪による弟自慢、もとい雷門の黒歴史暴露はホームルームが始まるギリギリまで続いた。

 一人で喋るだけ喋って「また来るからな!」と言い残して颯爽と去って行った白雪と、憔悴しきっている雷門。まるで嵐が過ぎ去った後のようだ。

 ぐったりとしている雷門に美琴が大丈夫かと問うと、覇気の感じられない肯定の返事があった。あまり大丈夫そうではない。美琴は雷門に少しだけ同情した。

 白雪の登場によって雷門が何を言いたかったのかは結局うやむやになってしまったが、それを美琴は特に気に留めてはいなかった。


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