(4)
ツウィンカとイトカはいつものように森に出かけた。
行きしなに、炎を灯すべき焚き木が、村の中心である井戸の隣に準備がされているのが目に入った。これを取り囲んで、村人たちは夜に仮面を付けて踊るのである。回る方向は左回り。太陽、すなわち時間を意味していた。
一年の季節が廻るように、人が死んでも生まれ変わるように、ミュルグヴィズでは時を描くときは過去から未来への一直線ではなく、ぐるりと円を描く。
全ての事象は廻るのだ。
儀式でもある踊りが終了すると、
二人は踊りの際に行動を共にしようと約束していた。
本来ならば個人を捨てて無心で踊らなくてはならない決まりだったが、子どもたちにとっては退屈極まりない決まりごとである。二人は共犯者の顔をして、夜のことを示し合わせて笑った。
祭までは時間潰しに森に落ちている木の実を拾ったりして遊ぶことにした。冬に差し掛かる秋の乾燥した空気は、落ち葉から水分を抜き取り、二人が歩くたびにかさりかさりと音をさせた。森には白樺だけではなく、場所によってはブナの木も生えている。決まってこの木は秋になると沢山の木の実を落としてくれた。
二人は狩り場を見定めて座り込んだ。別に動物を弓矢で狩るわけではなかったが、気分としては二人ともそうだった。
木の葉の下に転がる木の実を見つけるのは宝探しのようで面白かったし、どれも丸っこくて可愛らしかったが、よく見れば色も形もそれぞれ違うので、お手軽に収集家のような気分にもなった。
一方、何でも拾い集めるツウィンカと違って、イトカは形や色を吟味して選んでいた。その様がまるで熟練した職人のようでツウィンカは思わず笑った。
笑われたことに頬を膨らましたイトカは、目の部分にするのだと怒ったように言った。
「目? 何の話?」
「仮面を作るのに余った端切れで人形を作ったのよ。目の部分を木の実を縫い付けようと思うの」
「へぇ、そんなことしていたの」
幼馴染の手先が器用なことは知っていたが、抜け駆けをされた気分だった。二人の間では、面白いことは共有すべきだと不文律で決まっている。そんなことをしているのなら、ツウィンカも誘うべきなのだ。
ツウィンカの視線の意味に気づいたイトカは、視線を落として少し言いづらそうにまごついた。
「一緒に作ろうとしたのよ。それなのに、母さんったら」
目を付け終えたら魔除けに扉に飾ろうと言い出したのだという。それですっかり誘う気がそれた。
ツウィンカは吹き出し、声を上げて笑った。確かに目のない人形は魔除けには向かないだろう。目こそが魔物を監視して追い払うのだから。
それにしても、遊ぶために作ったものを魔除けにしようと言い出されたイトカのその時のことを想像して、その間抜けさに笑いが止まらなかった。
「あんたの母さん最高ね」
「笑うな」
ひとしきり笑い合った後、ツウィンカは服に木の実を詰め込んだ。
イトカの服には入れるべき所がなかったのでツウィンカが代表して詰め込んだまでだが、先ほどの仕返しにイトカからツウィンカの服は目玉だらけだと揶揄われた。
ミュルクヴィズで信仰されている神々の王は片目が
だからミュルクヴィズでは、欠けた部分がある者は、本来あるべきものを差し出して何かを得た者であると考えられている。
――カイにこの木の実を与えたら、あの虚ろな瞳も治るかしら?
ツウィンカは密かに弟を思った。
先ほどの仮面を付けた弟の瞳には、光が宿っていたような気がした。あるいは、目の表情とは瞳だけではなく、目の周りの筋肉によるものなのかもしれない。
だからそこを隠すと、カイのあの無表情さが取り払われるのだろう。だとしたら、仮面を付ければカイはいつものカイではなくなって、自由になれるのかもしれない。
自由になる、という表現が果たして正しいのかは分からなかったが、死者が来るような空想を楽しむ日なのだから、この位の夢想は許されるだろう。
ツウィンカにとってのカイは複雑である。
目障りな存在であると同時に、家族と言う共同体の仲間で、慈しむべき存在である。リースヒェンを奪ってくれるなと思う一方で、カイが不幸せになると考えると切なかった。
やっぱり、イトカと結婚するのが一番丁度良いのに。
お遊びで考えたこととはいえ、それが一番ではないか。イトカには内緒にしていたが、イトカはバルブロの元に嫁に行くのだろうと、イトカの母親が話しているのを聞いた。
ホマンは麓の恋人と結婚するだろうが、バルブロは決まった相手もおらず、未婚である。それが順当なことであると思いながらも、狭い世界で完結することに対して思う所がないわけではなかった。
こういう態度が透けて見えるので、イトカより年上のツウィンカの嫁入りの話は出てこないのだろうか。イトカは結局、この村の誰かに嫁いで一生を終えることを受け入れている。ツウィンカよりもよほど今ある現実をわきまえているのだ。
結局はその未来を受け入れるのだから、そうなる前に恋位は経験しておきたいと思っているに過ぎなかった。
そして、代案を提示するツウィンカでさえ、村から出る選択肢を提示できなかった。
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