(2)

 大晦日に装う仮面は、使いまわしたり新しいものを作ったり、特に決まりごとはない。

 保守的な村ではあるが、仮面についていえば、使い古されている物に対して特に伝統的な意味が付随されることはなかった。形についても同様で、いかにも人外な悪魔を催した悪趣味な仮面に対しても、村の老人たちは口を挟まなかった。

 大晦日は今までの価値が全てなくなる日だ。上下反転と言うよりも無効という言葉の方が相応しく、この日ばかりは何もかもが夢のように曖昧になって終わるのである。ホマンのような若者は張り切って祭りに向かって凝った仮面を作っていた。


「本当は無個性な仮面の方が良いのだけれどね」


 リースヒェンは人差し指に手を当てて、ツウィンカにそっと呟いた。

 二人がいるのは村の中心である井戸だ。そこから周囲にいる人たちとは距離がある。普通に話していても会話の内容を聞かれることはあるまいが、態々声を落としたのは、これが内緒話であると示したかったからだろう。彼女はお遊びに興じる若者たちに態々水を差すような無粋な真似はしなかった。

 個性的な仮面は名前と同様に存在を固定させてしまう。

 曖昧さこそ死者にとってはこの世にやって来る道なのだから、古くは皆一様に同じ仮面をまとい、全身を黒い服で覆っていたらしい。それが時代が下り、このように仮装のような祭りに発展したのである。

 母の言葉を受けて、ツウィンカは知らぬうちに身震いした。

 想像した様は如何にも気味が悪く、ツウィンカの知る大晦日とはかけ離れていた。おどろおどろしい人外の仮面よりも、無個性な仮面を付けた集団の方がそら恐ろしい。


「それじゃあお父さんを見つけられないね」


 不気味だと言うには先祖に対して罰当たりな気がして、ツウィンカは消極的に昔々の様に否定的な言葉を述べた。髪の色さえも覆う全身の黒い布は、年齢や性別さえもなくなり、まさしく無となる。目の前に対峙する人物が誰なのか、生者なのか死者なのかすら分からない曖昧さ。

 確かに死者は生者に紛れやすかろう。


「そうね、あまりに大きな道はきっとご先祖さまや親しい人たちだけではなくて、良くないものだってやって来るわ。だから昔のやり方は廃れてしまったのかしらね」


 リースヒェンは娘の言葉に頷ずきながら井戸の水を汲んだ。冷たい飛沫しぶきが飛んで、冬の訪れを予感させた。ツウィンカの手には早くもあかぎれが出来ていた。

 良くないものとは一体どんなものなのだろう。

 服に刺繍をして魔除けを施すように、良くないものは存在していて、生きている人間を脅かすのだろう。

 それは村人が作るような禍々しい仮面のような人外かもしれないし、害獣かもしれないし、病気かもしれなかった。

 それでも大晦日に仮面を被るのは、死者をもてなして歓迎したいのと同じく、生きている人間の心を慰めたいからだ。

 その考えに至ると、ツウィンカはなんとも説明しがたい不思議な気分になるのだった。触れることさえ出来ない、形のないものを寄る辺にする行為が、どうにも不慣れで掴みがたかったからだろう。この気分を上手く説明することが出来ない。

 或いはリースヒェンは上手く汲み取ってくれるかもしれなかったが、内心に留めておいた。以前にリースヒェンに言われた言葉に思い至ったからだった。

 形のないものを寄る辺にすることは、カイを大切にする村人たちのことを連想させた。何となく、その話題は良くないものの気がして、ツウィンカは黙り込んだ。

 ツウィンカにとってはカイは目障りな存在だとは言え、家族だった。

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