(4)
「まぁ、こんなに冷たくなってるじゃないの」
「イトカと遊んでいたの」
「じゃあイトカも風邪をひくかもしれないわね」
そういって、リースヒェンは娘が村の若者から預かった服を受け取りながら暖炉へ促した。ツウィンカの生返事に、リースヒェンはため息を付きながら、毛布をツウィンカの体に巻きつけた。
もう秋も終わりに差し掛かり、冬を迎えようとしている。一年が冬から始まるミュルクヴィズでは、あと少しで大晦日である。新年を迎えるにあたって、村では祭りの準備が始まろうとしていた。季節の変わり目であるこの時期は特に体調を壊しやすかった。
自分に似て痩せぎすな娘は、弟と違って普段は健康だが一旦風邪をひくと信じられない程の高熱を出して親を心配させる。
毛布を体に纏ったツウィンカは、急に痛くなった耳を押さえた。外との温度差に身体がついていけなかったらしい。
いつもだったら自分よりも冷たく感じる母親の手が、今日は温かい。
思っていた以上に自らの身体が冷えていたことを自覚した。風邪などまっぴらだ。あれは身体がだるくなって気分が悪くなる。遊べないし満足に歩けなくなる面倒なものだった。身ぶるいしてツウィンカは足早に暖炉の方へ向かった。
だが目的地の前に座っている先客を見て、ツウィンカは気がそれた。
ツウィンカと違って、月のような銀髪に近い金色の髪は、母リースヒェンと同じである。
ツウィンカは意識してつかつかと大股で近づくと、弟の頭を小突いた。途端に先客は抵抗もなく、面白いくらいに予想通りに、ぱたりと倒れこんだ。受け身すら取らないその様は、人形に似ている。
ツウィンカよりも小さい身体は仄かに温もっていた。気にする様子もなく、ツウィンカはつんとそっぽを向いて暖炉の前を独占した。
「――ツウィンカ」
リースヒェンの咎めるような口ぶりに、ツウィンカはぎくりと後ろを振り返った。
そこには仁王立ちする母親の姿会った。
「赤ちゃんじゃないんだから、甘やかすのは良くないと思うわ」
大人の口調を真似してお茶を濁すツウィンカに、リースヒェンは眉を曇らせた。
彼女は怒っていた。
こうされるとツウィンカはおずおずと黙り込むより他無かった。
怒鳴られるよりも
「どうしてお姉ちゃんはカイに優しくなれないの」
「だって」
「だってじゃありません」
リースヒェンはため息をついてツウィンカの傍に座った。母の隣には促されるままに弟のカイが、人形のように座っていた。村人から依り代だと崇められるカイは、ツウィンカにとっては手のかかる弟であり、母の愛情を独占する宿敵でもあった。
弟と同じように促されるままツウィンカはリースヒェンの膝に頭を乗せた。木の枝を燃料に燃える炎は、音を立てながら生きているように一瞬前とは違った形を作り出す。まるで魔法のようだった。
「カイが大人たちに特別扱いされるのはね、カイをツウィンカよりも好きだからじゃないのよ」
リースヒェンは囁く声でいった。ツウィンカは驚いて母親を見上げる。
対峙する人間に儚げな印象を与える母親は、いつもより一層消え行ってしまいそうだった。それと同時に、口に出さなかった弟への不満を、母親が見抜いていたことにも驚いた。
「神様は気に入った人に
「知ってるよ」
ツウィンカは意地を張って言い返した。神々は愛した人間に対して何かを抜き取っていく。愛し子が傲慢にならないように。
謙虚な心を忘れないように。
そして、神の愛が感じられるように。愛の受け皿としてその人間の何かを抜き取り、空洞を作るのである。
足りないとは即ち、神々の愛を手に出来るということである。足りないものだらけのカイはまさしく神の申し子だった。
受け皿は多いほど、その分他人の助けを必要にする。周囲の人間はその人間を通じて神に奉仕するのである。だから皆、カイを神のように大切に敬った。
「皆、拠り所になる何かが欲しいの。本当の意味でカイのことを考えてあげられるのは、私とお姉ちゃんしかいないのよ」
「本当の意味って?」
「だから家族は大切にしないと駄目」
リースヒェンはツウィンカの質問には答えずに、念を押すように言う。
「このことは誰にも言ってはだめよ。隣のおばさんにも、イトカにも」
隣のおばさんはいつも良くしてくれたし、イトカはリースヒェンとも顔見知りだった。その二人を引き合いに出されたことが密かに衝撃だったツウィンカは、返事をせずにただ頷いた。当のカイは、無言で虚ろな目で炎を映し出していた。翡翠の瞳が紅く揺れていた。
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