(3)

「ツウィンカ、これをお母さんの所へ届けてくれ」


 帰り際、イトカとツウィンカはホマンとバルブロという二人の男に出会った。二人とも未婚であり、村の中では若者扱いされてはいる。

 実際に青年と呼んでも良い年頃なのかもしれなかったが、十二の少女のツウィンカにとっては髭の生えた良い大人である。

 ホマンの家には家畜が多く、豊かさにあまりない差がないノルズリの中でも比較的裕福な生活を送っていた。噂では決して易くはない道のりだというのに、ふもとの村に頻繁に遊びに行っており、そこに恋人がいるらしい。小さな村のことだ。秘密の一つも作れない。

 一緒にいるバルブロは早くに両親を亡くして水車小屋の番人をしている。ホマンに比べて朴訥で口数が少ないが、イトカやツウィンカが遊びに行くとさり気なく親切にしてくれた。

 落ち着いた雰囲気のバルブロの方が年上に見られがちだったが、ツウィンカの記憶ではホマンの方が年齢が上のはずだった。


 ツウィンカはホマンから数着の服を預かった。リースヒェンは繕い物の仕事を受け持っている。

 良い年をして繕い物が出来ないのはどうなのかと思うが、一般的にそういうことは女の仕事らしかった。ツウィンカの視線に気づいたのか、ホマンは神妙な顔を作った。


「俺がズボラじゃなかったら、お前の母親は仕事が減るんだぞ」

「恩着せがましい言い方ね」

「人聞きが悪いな。恩に着せているわけじゃない。こういうのを持ちつ持たれつと言うんだ」

「良く分からないわ」

「まぁいいさ。依り代様に俺が良いことをしているってことをちゃんと伝えておくんだぞ。そしたら良い席に乗せてくれるかもしれないしな。来世は王侯貴族かな」


 ミュルクヴィズでは死後、魂は巡って転生を繰り返すと考えられていた。農耕によって季節とともに生活を営んできたミュルクヴィズでは、死の季節である冬が過ぎ、生命の季節である春が再び訪れる様に、人は亡くなると船に乗り、来世へと旅立ち魂はめぐると信じられてきたのである。

 ホマンの言う良い席とは、その時に乗る船のことだ。

 次の人生はそこに乗船する魂自身が自ら選択することになっているので、厳密には矛盾しているのだが、良い席に乗ると良い人生を選択できるという意味で、良いことを行う時にはこの種の席に絡めた言い回しが定型化していた。

 その時、黙っていたバルブロが急に口を開いた。


「来世で良いのか」


 いつになく真剣な声色だった。

 冗談かと思ったホマンは、友人の言葉に笑った。


「今は十分幸せだから、来世で有難い人生になればそれでいいんだよ」

「恋人がいるもんね」


 イトカが茶々を入れた。公然のこととはいえ、本人は積極的にばらしているわけではないので、ホマンはませた発言をする子どもを小突いた。ツウィンカもイトカもくすくすと笑った。だが、バルブロだけは笑わなかった。


「俺は願いが叶うのなら、これから先不幸せなことに出会わない様に、幸せなことが続くようにと依り代様に願いたい」

「おうおう、そうしろ。お前は真面目で気の良い奴だからな。村の年寄りに好かれるように、神々にだって好かれるだろうよ」


 ホマンの奔放さは村の年寄りからは良い顔をされなかった。口数少なく黙々と手を動かすバルブロこそ、村の年寄りから見て理想的な若者の姿だった。ツウィンカはその時初めて、バルブロが理想的な若者である扱いに対して気になった。

 評判の悪いホマンの方が余程幸せを引き寄せるのかもしれない。事実、ホマンは現状に不満はないと言い切っている。イトカのように未来の自分のことを考えられないツウィンカは、自分はホマンになるべきか、バルブロになるべきかと、ふと思った。


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