おろせない荷物 第二
そこは魔獣師の仕事小屋。魔獣を人里から遠ざけ、魔力削除の首輪を巻いて人の隣で生きられるようにする。あるいは命を奪う仕事。
しかし小屋の中にはそんな雰囲気を少しも感じさせない物ばかりが置いてあった。
干した果物、水飲み用と思われる平皿、端に積まれた干し草、縄に木箱、魚籠や釣竿。
これで魔獣と渡り合おうと言うのだからどれほど強いのかと誰もが思う。そのため他の魔獣師や、下手をすれば武士たちにも一目置かれている。
しかし実態は、獣たちを手懐けて遊んでもらって帰ってくるのだから武器なんかは必要ない。
ハナガサの持っている武器は腰の刀と、懐の小銃のみ。とは言っても、実は腰の刀の方はわざと
それを知っているのは鍛冶屋の主人とケロウジだけだ。
そんな部屋の中、コガネは窓のそばで丁寧に布団に寝かされていた。
ヤマドリが彼女の顔の側へ座り、魔術の銀青色の煙を纏ったかと思うと風が吹いた。ふわりと風に乗り、煙が彼女を撫でる。
んっと彼女が身じろぎをした。はたと目を開け、そろりと体を起こす。
「こ……こは? 私、確か猫に……」
少し掠れた不安そうな声で、コガネは呟いた。
「そうよ。私がアンタを捕まえたの」
ヤマドリが言うと「魔獣!」と一瞬は怯えるような表情をしたけれど、すぐにそれは消え去った。それから力なく笑う。
「私は魔獣師だ。具合はどうだ?」
ハナガサが聞くと、コガネは「大丈夫です」と頭を下げた。
「で? どうして殺されてやろうとしてんだよ?」
ケロウジに抱かれたままササが聞くとコガネは今度、目をまん丸にして驚く。
「あなたも魔獣なの? あ、あのね……別に私は何も……」
慌てふためき隠そうとするコガネに「魔獣には見えるんだぜ」とササが言う。するとコガネの方も諦めたのか「そう……」とだけ言った。
それ以上は何も話す様子のないコガネに、ササはなおも言う。
「俺らが魔獣だって事はすげぇ秘密なんだぜ。お前の秘密も握らせろ」
するとコガネは困ったように少し笑った。
「確かに平等じゃないね。それじゃ僕もおじさんも秘密を話そうか」
「待って下さい! 困ります。そんな……」
ケロウジの言葉に慌てるコガネは、ひどく当てのない目をしている。
「知ってしまったからな、僕もこのまま船に帰す訳にはいかないんだよ。じゃないと、また魔獣に眠らされると思うけど」
「それは……」
コガネは唇を噛んで俯く。そんな彼女にハナガサが言う。
「船医のコガネ。君は行方不明になり、私たちは船長から捜索を依頼されている。それに魔獣が関わっていたのだからな。まぁ、調査だとでも思って気軽に話してくれ。他言はせんよ。お互いに秘密を握るのだからな」
そのハナガサの言葉で、ようやく彼女は頷いた。
「不安だろうからな。先ずは私の秘密を話そう」
ハナガサが言う。
「まぁ部屋を見てもらえば分かると思うのだが、私の秘密はこの部屋だ。獣たちを安全に愛でる為にありとあらゆる物を揃えたのだ。これが見つかれば怒られるだけでは済まないかもしれんぞ。仕事をしていないなんて思われて仕事を失う事になるやもしれん」
それを聞くと、コガネはくすっと笑って頷いた。
「次はアタシよ。アタシは船に乗って世界中を旅しているのよ」
次はヤマドリだ。
「それは凄いな」
ケロウジが言うと、得意気な顔で鳴いた。
「そうでしょう? でもいつも無賃乗船なのよね。猫の姿で忍び込んで、女の姿で人間の男たちに美味しい物をおごってもらって、また別の船に忍び込むの。楽しいわよ。でもある時、魔獣師に気付かれちゃってね。お触れが出されたのよ。仕方がないからこうして遠くまで来たってわけ」
「人間にも化けられるなんて、魔術ってすごいのね」
コガネは先ほどより少し落ち着いた様子でそう言った。
「そうよ。誰かに話したらまた手配されちゃうんだから、許さないわよ」
コガネは頷く。
次にケロウジの隣にちょこんと座るササが人間の子供に化けてはからかって遊んで暮らしていた話をすると、ケロウジの番だ。
ケロウジは今しかないな、と思い話し出す。
「僕は子供の頃の事をよく覚えてない。ただ山を走り回っていた覚えがあるだけなんだ。思い出せなくても特に困るわけじゃなかったんだけど、ササと暮らすようになって気付いた事がある。僕はたぶん……魔獣を食べた」
ケロウジはハナガサの顔を見ながら話したので、ハナガサが息を呑むのを見た。
食肉でしか霊体を見る術はないとササは言うのに、シイには見えない。
ケロウジには今もはっきりと、部屋の中に立ち尽くすコガネの霊体が見えていると言うのに。
「僕、夢を見たんです。狼の魔獣の夢でした。ちゃんと教えて下さい」
ケロウジが言うと、ハナガサは盛大に溜め息を吐いて話し出す。
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