嫉妬 第三

「あぁ、採取屋さん。丁度よかった。実は木の事なんだけれどね」

「何かありましたか?」

 ケロウジが知らない振りをして聞くと、ムジナは答える。

「ハナガサさんに、木の買い付けはしばらく禁止だと言われてしまったんだ。魔獣師の命令じゃ、聞くしかないけれどね、うちは木彫り屋なんだよ」

「僕は内緒で木を渡す事はできませんよ?」

「分かっているよ。ただね、切って置いておくくらいはいいだろう?」

「まぁ、それなら」


 渡さなければいいのだから、とケロウジは言った。

「助かるよ。木を指定したいのだけれど、今いいかな?」

 ケロウジは返事をしながら、モエギにもらった書き付けを懐にしまう。

 ケロウジはそれをギロリとムジナに見咎められた気がして、思わずヒヤッとする。


「峠越えの道があるだろう。こちらの河原町から行くと峠の手前に、楠木の根が道に飛び出している場所があるんだ」

「そこなら分かりますよ」

「そうか。そこから山に入って真っ直ぐ進むとね、大きな椿の木があるんだよ。急な山坂の途中にあるのだけれど、それを切っておいて欲しいんだ」

 ムジナは笑顔でケロウジに注文をする。


「いいですけど、随分と詳しいんですね」

「あぁ。実はね、どうしても自分の目で木を見たくて山に入ったんだ」

「そういう事は危ないのでやめて下さいね」

「あぁ、分かったよ。ところで、いつ切りに行く? 出来るだけ早い方がいいのだが」

「それじゃあ、明日にでも切ってきますよ」

「そうか、それは助かる。それじゃあ明日。頼んだよ」

 それだけ言うと、ムジナは何も注文せずに帰って行った。


「あら? ムジナさんは帰ってしまったのかしら?」

 モエギは驚いた顔で首を傾げる。

「僕に話が合っただけみたいで、すぐに帰って行きましたよ」

 ケロウジが答えると、モエギはさらに驚いた顔をした。

「へぇ……あの人、こんな事って初めてだわ」


 それからササはケロウジを置いて店を出て行き、すぐに少年の姿になって戻って来た。

 二人が店を出る時、ケロウジは念のためモエギの霊体の様子を確認した。

 すると来た時にはまだ薄く向こう側が透けていた体は、何故か向こう側の見えない黒色になっている。

 濃さから言うと、二日以内に事が起きるくらいだ。


 その急激な変化が気にはなったが、二人は約束の時間まで町の人たちに聞き込みをしながら寺の鐘が鳴るのを待った。

 聞き込みでは随分とたくさんの男たちが「モエギは俺の女だ」と笑っていた。

 そうだと言うのに、モエギは町の女性たちから嫌われているという事はないようだった。

 ケロウジは犯人の姿が見えないまま、夕暮れの空に寺の鐘を聞いてそちらへ向かう。



「なぁ、ササ。モエギを好きな男たちはモエギを殺したくはならないだろうな?」

「お前って色恋に疎いんだな」

 ケロウジが真面目に聞いても、ササはそう答えただけだった。

「ササは、どうしてそんなに人間らしいんだ?」

「年の功だよ。百二十年だぞ。どれだけの人間をからかって遊んできたと思ってんだ」

 ニシシッと、ササは笑った。


「それさ、その笑顔。どうやってるんだ?」

「どうやってるって、何が聞きたいんだよ?」

「僕は感情が顔に出ないんだ。別にそれで困ってる訳じゃないけど、周りの人はササのように感情が顔に出る方がやりやすいんだろうなと思って」

 ふぅん、とササは少し考えてから言う。


「お前が困ってないなら、今のままでいいんじゃないか?」

「そうかなぁ。まぁ、それでいいか」

「おぅ。じゃあ、俺はそろそろ姿を消すぞ」

 ササはそう言ってすぐに消えてしまった。足音だけが隣を歩いている。

「一緒にいればいいだろう?」

「お前は分かってねぇな。女が男を誘ったんだぞ」

 ササに笑われても、ケロウジにはササが姿を消す理由が分からなかった。


 そして約束の寺に着くと、モエギが一人で石段に座っている。

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