境内にて
「ちゃんと来て下さったのね。嬉しいわ」
モエギはケロウジを見て笑みを浮かべ、隣に座るように示す。ケロウジは言われるまま隣に座った。
「今夜はどこへ行こうかしら?」
モエギは艶っぽい視線でケロウジを舐めるように見つめて聞いた。
「何か用があって呼んだんじゃないんですか?」
「敬語なんてやめて下さいな。とっても寂しいわ」
色香に気付く素振りすらないケロウジにめげる事なく、モエギはそう言った。
実のところ、ケロウジは誘惑されている事には気付いている。けれどそれ以上に、モエギが自殺しそうか殺されそうなのか、そっちの方が気になっているのだ。
「じゃあ敬語は辞めさせてもらうけど、特に用はないって事か?」
「男と女がこの時刻に二人きりなら、ねぇ?」
モエギの手が、ケロウジの頬に触れる。しかしケロウジは動じることなく言った。
「僕はそんなつもりは無いんだけどなぁ。モエギは皆にこういう事をしてるのか?」
モエギはふぅっと溜息を吐き、諦めたようにさっぱりと答える。
「皆じゃないわ。割り切ってくれそうな人だけよ。でも今日のはケロさんが悪いのよ。私より綺麗な女を連れて来るんだもの」
モエギはツンと口を尖らせて見せる。
「綺麗さは人それぞれ感じ方が違うものだからなぁ。僕はモエギも綺麗だと思うよ」
ケロウジは、だってあっちはササだものな、と思いながら言った。
それを聞いたモエギは返事の代わりにクスっと笑う。
「女ってね、傲慢なのよ。誰よりも自分が一番でいたいし、誰よりも自分が一番だと思ってしまうのよ。でもそれってね、ちゃんと理由があるの」
ケロウジは黙って話の続きを待つ。モエギはケロウジをチラリと見てから続ける。
「男の人には女の惨めなのなんか分からないでしょう? 守られなきゃ生きていけなくて、何かを貰ったりもするけれど、それってまるで施しを受けるみたいで、ありがとうって言う度いやになるのよ。自分の誇りを守るために傲慢でいなければならないの」
モエギはわざとらしく胸を張って見せる。
「未亡人だって聞いたけど、それで?」
「えぇ。主人が亡くなってから随分と色々な方に愛されたわ。代わりに俺が愛してやる、なんて言うのよ。誰があの人の代わりになんてなるもんですか」
けれど女が一人で商売をするにはそんな男たちにも客になってもらうしかないのだと、モエギはやつれた顔で笑う。
「他に商売とか、お金を稼ぐ方法は無いの?」
ケロウジの問いに、モエギは首を横に振る。
「新しい道に踏み出すには、捨てる物が多いわ。夢もあるけれど夢の為に体を売るほど無知じゃないし。時間なんてたくさんあるのよ、なんて笑えるほど若くもないの」
「夢って?」
「石職人よ。磨いたり削ったりして装飾品を作るの。けれど学ぼうとすると商売が今みたいには出来ないでしょう? 材料を仕入れるにもお金がかかるわ」
モエギは何度目かの溜め息を吐いた。
その隣でケロウジは頭を抱える。
これはもしかすると自殺も考えられるのではないかと思っているのだ。けれど自分の見立ては外れる事が多いのも、ケロウジは分かっている。
ザクッと、近くで砂利の踏まれた音がした。
夕日はどんどんと藍色に押しやられ、山間から赤色が漏れる程度になっていた。
「ケロさんが悩むこと無いのよ。優しいのね。きっと笑えばモテるのに」
「そうかなぁ。自分では分からないなぁ」
それからモエギはすっと立ち上がり、昼間に店で見たような顔で言う。
「私、一人でも歩けるのよ。女って男の人が思うほど弱くはないから」
「あんまり頼もしいと心配になるけどね。まぁ、石なら僕に依頼してくれたら採ってくるから。うちに団子が好きな奴がいるから、代金は団子でお願いしたいな」
ケロウジは慣れないなりに、彼女が惨めに思わないよう言葉を選んだ。それを彼女がどう聞いたのかは分からないけれど「頼もうかしら」と笑いながら歩き出す。
ケロウジはモエギを店の前まで送って行き、それから自宅への道を辿る。
いつの間にか、隣をササが歩いていた。
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