嫉妬 第二

 ケロウジは案内するために山の中を先頭で歩いている。

 起伏がなだらかであるとはいえ、盛り上がった土や大木の根でデコボコとしている。隠れようと思えばどこにでも簡単に隠れられる、そんな場所だ。

 そして蔦に覆われた弓矢小屋に着いた時、改めて知らなければ見つからないだろうな、とケロウジは思う。


「しかし、よく見つけたな」

 ハナガサは小屋の中に入りながら感心して言う。

「あの時……」

 ケロウジは、モエギの霊体を追っていてここを見つけた事を伝えてしまおうか悩む。けれど結局は言えないのだ。もう何年もそんな事を続けている。

「ケロ。言えないのなら言わなくともよい。ただ、私には話してもよいのだという事だけは覚えておきなさい」

「はい。ありがとうございます」


 今していた話の事など、もう気にもしていない様子でハナガサは小屋の中を調査する。

 やはり弓は真新しい木の匂いをさせており、弦も付けられている。床に散らばる弦の切れ端やら木くず、石。

 ハナガサはその中から弦を拾い上げた。


「これは光草の混ざっていない、普通の弦だな」

「しかし器用に作るものですね」

 ケロウジは籐が巻かれ、丁寧に磨き上げられた弓を見ながら言った。

「あぁ。これは商売目的かもしれんな」

 それを聞きながら、いや、とケロウジは思う。そして意を決してハナガサに向き合う。


「詳しくは話せないんですが、誰かがモエギさんの命を狙っているかもしれません。気のせいという可能性もあるんですけど」

 自殺か他殺か、分からないケロウジは曖昧に伝える。

 それを聞いたハナガサは、ううんと唸って頭を捻る。

「そうか。モエギさんか……そして弓矢小屋。関係がありそうだな」

 突っ込んで聞かれると覚悟をしていたケロウジは、ハナガサの様子に驚いた。


「ん? どうした?」

 ハナガサがケロウジに聞く。

「いや。聞かないんですか?」

「お前が詳しく話せないと言ったのだろうが」

「まぁ、そうなんですけど」

 そこにササの声が割って入ってきた。

「なぁ、この矢じり、毒が塗ってあるぞ」

 驚いたケロウジとハナガサは、バッとササの方を見る。ササは小屋の隅に落ちている矢じりに鼻を近づけて臭いを嗅いでいる。


「おい、ケロ。私がいいというまで木材の注文は受けるな。受けてしまっているのなら渡すな。いいな? 私はやる事ができたから先に帰るが、お前たちは団子を食べてから帰るといい。何か分かったらすぐに知らせる」

 ハナガサは手拭いに毒の塗られた矢じりを包み、懐にしまった。

 それからササの頭を撫で、お金を渡す。

「よく気付いてくれたな。これで団子を食べて帰りなさい」

「お! いいのか⁉ ありがとうな!」


 ササがはしゃぐのを見ながら、こうあれたらもう少し何かが違ったのかもしれないとケロウジは思う。

「僕の方も何かあったら知らせますよ」

「頼んだぞ」

 そう言って足早に山を下りるハナガサとは別の道を歩き、ケロウジとササも山を下りる。


「なぁ、何で一緒に帰らねぇんだ?」

「人が人を殺そうとしているかもしれないからだよ。僕はあの小屋に気付いていないと思われた方が動きやすいんだ」

「ふぅん。まぁ、団子屋の女の様子を見に行こうぜ」

「ササは団子が食べたいだけじゃないか」

「そうでもないぞ。ちゃんと心配もしてるんだ」


 そんな話をしながら、二人は団子屋に入った。店主のモエギは元気そうに働いているし、お客も楽しそうに話をしていて、可笑しな様子はない。

 もちろん霊体も店の中で揺れている。その体は墨を垂らした水のようで、その向こうはまだまだ透けて見える。

 この濃さなら今日明日という事はなさそうだな、とケロウジは思う。


 しかし、店中の視線がチラチラとケロウジに向けられる。その理由は分かっていた。隣に座るササだ。

 とは言っても魔獣の姿ではない。少年の姿でもない。

 今は女の姿をしているのだ。モエギにも負けないくらいにプリンとした胸に、赤い異国の着物を着た女の姿だ。


「おい、ササ。なんでそんな姿で来たんだよ」

「いいか? 女ってのはな、嫉妬すればするほど大胆になるんだよ」

 モエギから何か情報を聞きたいだろう? とササは言う。

「それって好きな男が相手じゃなきゃ意味ないだろう?」

「バカだなぁ、お前。男にもてる女は、他の女に取られるなんて許せないんだよ」


 そんなもんかなぁ、とケロウジは呑気に思った。それよりも向けられる視線が痛い。

 今日はさっさと店を出て、明日にでもササを置いて出直そうとケロウジが考えていた時、モエギが皿にいっぱいの団子を運んで来た。

 それを何故かケロウジの膝に置いてから、おもむろに前掛けを脱ぐ。


「あの、僕たち団子こんなに頼んでないんだけど」

「それは私からケロさんへ差し上げたいの。それより、お隣に座ってもいいかしら?」

「え? あぁ、はい。どうぞ」

「ありがとう」


 モエギがケロウジの右隣りに座る。ケロウジを真ん中に挟んだ形で、反対側からササがねっとりとした視線でモエギを見た。

「随分と華やかな女性をお連れなのね。意外だわ」

「いや、偶然そこで知り合って。ここの団子が食べたいって言うから」


 慣れない雰囲気に、ケロウジは焦って言葉を探す。そんな様子を、二人は両側から面白そうに見ている。

「あら、それじゃあ他人なのね? よかったわ。嫉妬していたのよ、私」

 言いながらモエギは、慣れた手つきでケロウジの手に何かを握らせた。

 ケロウジがちらりと見るとそれは団子の包み紙で、短く言葉が書かれている。


『寺の鐘が鳴ったら境内で』


 それを読んで、ケロウジはササの作戦が成功した事に気付く。その事に驚いていると、目の前からムジナが走って来た。

 その目が血走っているように見えて、ケロウジは警戒する。しかしモエギが「いらっしゃい」と笑いかけると、すぐにいつもの柔らかい表情に戻った。

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