嫉妬 第一
紅葉街道を歩ききって海に出ると、そこが港町だ。海の向こうの国から珍しい品々を積んだ船がやって来る町は、外国の船乗りや商人で溢れている。
さらに港町の住人たちの営む、彼らを相手にした饅頭の置いていないお菓子屋やら、土産物としての小間物屋、不思議な茶色い酒を売る酒屋など珍しい店が立ち並ぶ。
そのすぐ隣には紅葉した山の裾野が手を広げていて、ここは裾野の港町。
ケロウジは賑やかな町の方には行かずに狭い路地を進む。そして魔力削除の縄で厳重に柵のされた山と町の境目までやって来た。
そこに広い屋敷がある。
敷地内には小さな建物が五つあり、あとは池と庭。ほとんどが獣たちを受け入れる為に作られており、人の住める場所は少ない。
「ここがこの前のハナガサって魔獣師の家かぁ。へぇ」
ササは物珍しそうに門から中を窺う。その様子にケロウジが首を傾げる。
「入らないの?」
「いや、だってさ……魔獣師って獣を殺したり売り捌いたりする奴らだろう?」
「まぁ、本来はね。でもおじさんは殺さずの魔獣師だから。生き物が大好きなんだよ。この家を見たらわかるでしょ? 鳥たちが休むための池に、ご飯になる実の生る木ばかり植えてあって、保護するための小屋まである。馬や牛も自分で飼ってるし、そこら中に猫じゃらしが生えてる」
殺すと思う? と、ケロウジはササに聞く。
「変わった奴だって事は分かったぞ」
「思うままに獣たちと戯れたいから魔獣師になったって言ってたくらいだからね。珍品収集家でもあるから、家の中には大事な物が並んでるんだ。壊すと泣くから触るなよ」
そう忠告して慣れた様子で中に入って行くケロウジの後ろを、ササは腹を抱えて笑いながら歩く。
林の中にいるような庭を歩きながら、ケロウジは懐かしいなと思う。
ケロウジにとってここは実家だ。普段はハナガサの方がケロウジを訪ねて来るので、入るのは二年ぶりくらいだろうか、とケロウジは思い起こす。
石畳を歩く。鷹が見下ろす桑の木を過ぎ、小鳥が水浴びをする池が見えるとその横にある建物がいつもハナガサの寝起きしている場所だ。
「おじさん。ケロウジです」
玄関の戸を開けながらケロウジが声を掛けると「こっちだ」と声が返って来た。
声のした方を覗くと、ハナガサは縁側に座って黄金色の尾羽が美しい鳥に餌をあげている。ササの顔を見ると少し驚いて、それから隣に座るように促す。
「手を出せ」
ハナガサはササにそう言って、少年に化けているササの小さな手に餌を乗せた。
「おい、ケロウジ。この子供はどうした?」
ハナガサに聞かれ、ケロウジは困ってしまう。そして少し考えてから答えた。
「拾いました」
ハナガサがブッと噴き出し、それから嬉しそうにケロウジを見る。
「お前が? 子供を拾ったって? 犬や猫じゃないんだぞ、全く」
「犬や猫なら拾わないでしょう。人間は」
ケロウジの言葉に「そうだな」とハナガサは答えながらササの頭を撫でた。
ササの方は自分の顔ほどもある鳥に手の平の餌をつつかれ、はしゃいでいる。
「俺はケロウジの家で飯と寝床をもらうんだ。もう住み付いたんだから、出てってやらないんだぞ」
ササはそう言った。これを少年の姿で言われると、なんだか微笑ましく思えてくるから不思議だな、とケロウジは思う。
その中で、これも同じ姿でなければ交われない人間だからこその感情なのだろうか、と思ってしまうのも事実だ。
「お前、一人か?」
ハナガサがササに聞く。
「今まではな。けど遊び相手に困った事はねぇぞ」
「そうか。今までどうやって生きてきた? 一人じゃ大変だったろう?」
「そんなもん魔術が……」
言いかけてハッと口をつぐむササ。しかしハナガサにはしっかり聞こえてしまった。
「おい、お前……魔術を見たのか⁉」
ハナガサがそんな風にササに詰め寄るので、ササもケロウジも拍子抜けしてしまう。
「え? あぁ、まあな」
「お前そりゃ、幸運な奴だなぁ」
「変わったおっさんだなぁ」
ハナガサの魔獣談議が始まってしまいそうな雰囲気に慌てたケロウジは、話題を変えるためにも弓矢小屋の話をする。
「ところで、おじさん。昨日の帰りに峠道の山の中で弓矢小屋を見つけたんです。近くの木には練習をした跡もありました」
「なに?」
ハナガサは眼光鋭くケロウジを見る。
「今日はそれを伝えに来たんですよ。小屋の中から一つ持ってきました」
ケロウジはそう言って懐から、片方が鋭く尖った石を取り出す。
「こりゃあ矢じりを作るつもりだったんだな」
ハナガサは溜め息を吐いて立ち上がる。
「すぐに行きますか?」
「あぁ。金儲けの為か獣用か、それとも……ってな。早くとっ捕まえんといかん」
「なぁ、団子屋は?」
呑気な声でササが聞く。
「団子? あぁ、なるほど。昨日のケロの可愛いおねだりはお前の為か」
終わったら連れて行ってやる、とハナガサはササに約束する。ケロウジはササのその笑顔を見ながら「上手に笑うよな」などと考えていた。
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