出会い 第三
二人が息を殺して店の中に侵入すると、開けっ放しの襖の奥でカラカサが寝息を立てている。
元より人には見えていないヒイロの霊体がケロウジの横をすぅっと通り過ぎると、迷いなくカラカサの首に手をかける。
『憎い……憎い……』
その怒りを隠さない声音に、思わずケロウジは足を止める。すると、その足にふかふかの何かが擦り寄る。
「ササ?」
「お、おぅ。わりぃ」
「なぁ、あれ、カラカサ起きるんじゃないか?」
「大丈夫だろう」
簡単には起こしてもらえないだろう、とササは言った。
その様子に、もしかしてとケロウジは思う。
「あれ、もしかしてヒイロは、カラカサを殺そうとして殺されるんじゃないか?」
「まぁ、それはあるかもな。ほら、さっさと探せよ」
ササに言われ、ケロウジは銀青色の灯りを頼りに店内を物色し始める。
売り上げの入った箱は枕元に置いてある鎖の巻かれたもので間違いないだろう。
昼間カラカサが座っていた店の奥にある机には、引き出しが四つあった。けれどどの引き出しの中にもおかしな物は入っていない。
縁の下に隠してある壺や風呂敷なんて物もない。
「さて、僕ならどこに隠すだろう?」
ケロウジはそう考えてから、はたと気付く。何かを隠した事などなかったと。
しかし隠れる事なら得意だ。物陰、灯りのすぐ裏、人の近くの一番暗い所なんかに隠れると見つかりにくいのだ、と考え、ケロウジは店内を見渡す。
そして、もう一度カラカサがいつも座っている机を調べる。
引き出しの裏、足で触れていつでも確認できる場所。手を伸ばさなければ分からない奥、板に隠れて表からは見えない場所にもう一つ小さな引き出しがあった。
ケロウジはそれを引き出し、中身を漁る。
「あった」
「本当か⁉」
ケロウジがそう言うと、すぐにササが机に飛び乗った気配がした。
「ササ、本当に探してた?」
「おぅよ。それで、どうだ? 何が書いてある?」
「うん。獣たちの売り上げと、買い手の名前だ」
紙の束を持ち上げると、小さな紙片がひらりと落ちた。そこにはこう書かれている。
『十日、しぐれ亭にて』
「これは三日後に馬を買うという武士の事だな」
ケロウジはそう呟くが、肝心のしぐれ亭がどこにあるのか分からない。気を取り直して他の内容を読み始めると、呆れるほどの悪事が書いてある。
雌鶏を三羽、港町の梅家。
雁の羽根を一羽分、河原町の小間物屋。
カンバの牛を一頭、椿家。
そんな事がずらりと書いてある紙が三枚。
その中で、ケロウジはカンバという名に覚えがあった。広い田畑を持つ農家で、あそこなら牛を何頭か飼っているだろう。
「これ、書き写せないかな?」
ケロウジはササに聞く。このままを持って帰ってしまえば、カラカサが気付いて騒ぎ始めてしまうから今はダメだと思ったのだ。
「できるぞ。紙さえあればな」
「紙、紙ねぇ……」
ケロウジは新品の紙を二枚ほど拝借して、机の上に置く。するとまたあの銀青色の光が紙を包むのだ。
光が収まった時、そこには筆跡まで全く同じ紙があった。
「へぇ……こりゃ益々すごい」
「感心してないで、さっさと帰るぞ」
そうだなと返事をしながら、ケロウジはカラカサの方を見た。
そこには、本人であるヒイロとは似ても似つかないヒイロの姿があった。その姿に、彼女の怒りは相当のものであるらしい、とケロウジは知る。
そうしてケロウジはササと共に自宅に帰り、魔獣と一つ屋根の下で寝る初めての夜を過ごすのだ。
次の日の朝、起き出したケロウジとササは役割分担をして別々に行動する事にした。その作戦の初めに、ケロウジはササを湯で丸洗いする。
「やめろ! 本当にやめてくれ! 放せよ! 脅かすぞ! 本当にやるぞ⁉」
「だって、ササ臭いんだから洗わなきゃ。姿を消しても臭いで見つかるぞ」
「じ、じゃあ川で水浴びしてくるから!」
「そんなんでこの臭いが落ちるもんか」
それから諦めてしゅんとするササ。その猫の尻尾は、狸の体にピタリとしまわれる。
「なぁ、ササって狸なの?」
ケロウジが聞くと、ササは「どう見える?」といたずらっぽく聞いた。
こんな時にも怪しげを装うのかと、ケロウジはササを可愛く思った。
「どうって、尻尾だけ猫に見える」
「まぁ、そういう事だ」
ササはそれだけ答えた。
「へぇ、猫なのか」
「違うだろ! 間の子だよ。半分は狸で、半分が猫」
ササは溜め息を吐きながらそう答える。
「半分……か?」
「どうせほぼ狸だよ!」
そんな風に話しているうちにササの風呂が終わり、昨日よりはいくらか綺麗になった毛並みが見える。明るい茶色だ。確かに大きな猫に見えなくもないか、とケロウジは思う。
「それじゃ、行くか。僕はカンバの所に行って来る」
「おぅ! 俺はカラカサを見張ってればいいんだな!」
「そう。頼んだぞ」
「任しとけ!」
そうして何故か仲良くなり、別々に歩き出す二人。そのどちらにも付いて行かず、ヒイロの霊体は戸口で揺れる。
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