分からない事 第一
収穫の季節、田んぼには稲穂が揺れるか、すでに稲刈りを終えている頃。だと言うのにカンバの田んぼには雑草が揺れている。その向こうには梅の木畑。
「すいません。採取屋のケロウジです」
ケロウジが大きな屋敷の玄関口から声を掛けると「こっち、こっち!」と畑の方から返事が聞こえる。
ケロウジが梅の木畑の方へ歩いて行くと、背の高い五十歳前後の男が立っていた。
「採取屋が何の用だ?」
カンバは不審がる訳でもなく、ケロウジに聞く。
「実は、知り合いの馬借がカラカサに馬をだまし取られまして。聞くとカラカサは同じような事を何度もやっているらしいので、少しでも情報が欲しくて。何か知りませんか?」
するとカンバはあからさまに眉間に皺をよせ、忌々しい、と言った風に話し始める。
「あぁ、あいつは何度もやっているさ。何度もな……。分かるか? 取られて、諦めず立ち上がり、持ち直した頃にまた取られる。カモにされるとその繰り返しなんだ。だから俺は牛を飼うのをやめた。今はこれだけだよ。もう一度立ち上がれるような歳でもないからな」
「それ、何とか出来ないんですか?」
ケロウジの問いに、カンバは首を横に振る。
「現場を押さえても、のらりくらりと言い訳をして無罪放免だ。口が上手いんだよ。証拠でもありゃあ別だろうが、誰も獣の為にそこまでしちゃくれねぇしな」
「そうですか。困ったなぁ」
ケロウジが言うと、カンバはその肩を叩いて「恨みより今日の生活だぞ」と言う。
「馬借が馬を取られちゃ大変だろうが、一頭でもいりゃ仕事は出来るんだ。カラカサの悪事を追うより、その人の力になってやんな」
「それもそうですね。あ、もう一ついいですか?」
「ん? なんだ?」
ケロウジは例えばの話、と言ってカンバに聞く。
「悪事が見つかったり都合が悪くなったりしたら、カラカサは人を殺しますかね?」
ケロウジの問いに、カンバがギョッと目を見開く。
「いいや。あいつは、人は殺さねぇな。生かして金づるにするだろうよ」
なるほど、とケロウジは納得する。
となると事故で殺されてしまうのだろうか? と考え、ケロウジはすぐさまそれを否定する。事故ならば霊体は現れないのだ。だからこそ、これは殺す気で殺すか、自殺であるはずなのだ。何が起こるのだろうかと、ケロウジは事件の実態を掴めずに悩む。
「いやぁ、突然すみませんねぇ。ありがとうございました」
そう言ってケロウジはカンバの元を去り、隣町でカラカサの聞き込みをする事にする。
けれど結局は新しい事など何も分からずに家に戻る。
その日はササの方も動きはなかったようで、夕方にはケロウジの家に帰って来た。そして自分の定位置に決めたのか、ササは座布団に座って飯をねだるのだ。
そして、しぐれ亭の場所も分からないまま当日の十日になった。昼までは場所を探すつもりでササにカラカサの見張りを頼んでいたケロウジだったが、とうとう分からず傘屋の前に行く。
すると、そこにササの分身がいた。
分身だというのはすぐに分かる。半透明の煙のような体なのだから。そして、それの姿は他の人には見えていないらしい。
ササの分身は言った。
「カラカサは河原町」
「河原町か。お前も追っているのか?」
しかし「カラカサは河原町」と、ササの分身はもう一度繰り返す。
どうやらこれは伝言しか話さないようだと気付き、ケロウジもそちらに向かう事にする。
その前に、とケロウジは馬借の自宅にヒイロを訪ねて向かう。今朝からヒイロの霊体が見当たらない事が気に掛かっているのだ。
けれどヒイロはいなかった。
「旦那と出かけたのか?」
どこに出かけたのか気にはなったけれど、カラカサさえ見張っていればヒイロが殺される事はないと安心もしているので、特に探したりはせずケロウジは河原町に向かう。
ケロウジが河原町に着くと、町の入り口すぐのところで馬借の旦那が頭を下げている。相手はこの町の馬借の親方だ。
その隣にはヒイロもいるが、それは霊体の方だ。本人は見当たらない。
ヒイロの霊体はすでに真っ黒で、離れているケロウジの鼻にまでしっかりと潮の香りが届く。
事が起こるのは今日で間違いない、とケロウジは確信した。
助けるぞ、とケロウジは声には出さず強く誓い、その場を立ち去る。
町の中にはササの分身がもう一体おり、そいつに付いて行くと高級そうな小料理屋の前に着いた。分身は店の裏手に入って行き、ケロウジも後を追う。
「よぉ!」
そこには十歳くらいの男の子がいた。髪は明るい茶色で、目も同じ色。緑色の着物を着ており、人懐っこくケロウジに笑いかけながら手を振っている。
「お前、もしかしてササ?」
「おぅ! どうだ? 凄いだろう。これが魔術ってもんよ」
ササは得意気に言ってから、ハッと自分の口を塞ぐ。それから指で店の壁を指さす。
ササは店の壁と石垣に挟まれた狭い場所に立っており、店の壁の方は高い位置に格子窓がある。そこから店内の声がそれとなく漏れ聞こえているのだ。
ケロウジは静かに壁に体を寄せて立ち、中から聞こえる声に耳を澄ます。
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