出会い 第一
暮れていく空の下、カラカサは一人で山道に入って行く。この町と、小さな山を越えた先にある河原町を繋ぐ峠越えの道だ。
本当に小さな山なので歩いてもたいして時間をかけずに越えられるのだが、こんな夕暮れに一人で入って行く奴はまずいない。
道は木々の生い茂る山を通っており、魔力削除を施した柵や縄で獣たちが道に出てこられないようにしている。
とは言え、両脇は山なのだ。
ケロウジは見つからないように距離を取って後を付ける。
すると、途中の祠の前でカラカサが立ち止まり、懐に手を入れる。
祠に手を合わせるような男でもあるまいに、と思いケロウジは首を傾げる。
カラカサが出したのは土鈴だ。
それをリンリンと鳴らすと、山の中から松明を持った男が現れた。
「お疲れさまです」
「そんな事はいい。早く行くぞ」
カラカサは慌てた様子で獣除けの柵を越え、山の中に入って行く。
先に動いたのはヒイロの霊体だ。怒りに歪んだ顔をして後を付いて行く。
山の中に獣たちの鳴き声が響く。鶏、雁、犬、そして馬だ。
さらに進むとやけに明るい洞窟があり、そこには様々な獣たちが縄で縛られていた。
カラカサはしかめっ面で、その場にいる数人の男たちに言う。
「値が下がるから傷付けるなよ。餓死させるんじゃないぞ」
「へい。しかしこの馬、せっかくやった人参を食わないんですよ」
「食わせろ。誰にも見つかっていないだろうな?」
「へい、もちろんです」
そういう事か、とケロウジは気付く。
カラカサは難癖を付けて獣を奪い、それを売っていたのだ。こんな山の中の洞窟に人なんて入って来ないから見つからない。
だから評判の悪い傘屋でも、高い着物が着られるのだ。
しかし、と思いケロウジは出て行くのを躊躇う。
これが確実にカラカサの奪った獣たちだという証拠が欲しいのだ。なので、そのまま隠れて話を聞く。
ケロウジに気付く事もなく、カラカサがいつもよりさらに傲慢な態度で男たちに命令する。
「一匹ずつバラで売れ。鶏には光草を食わしてるから卵は食えると言って売り込め!」
「へい。けど、光草は高くて……」
「バカ野郎! 本当に食わせなくていいんだよ! 売れりゃあいいんだ」
カラカサはそう言って腕組みをする。その隣で馬が嘶くと、男たちに奥に連れて行け、と言った。
「ところでカラカサ様」
「なんだ?」
一人の男が揉み手をしながらカラカサに近づいた。
「三日後、馬を一頭買いたいという武士がおりまして」
「ほぉ? 金払いは良さそうだがその武士、魔獣師は抱えておらんだろうな?」
「確認済みです。専属の魔獣師が辞めたばかりで、今はおりません」
その話を聞きながらケロウジは、その日に知り合いの魔獣師を呼んでおこうかと考えた。それを目撃させれば悪事は明るみに出るだろう。
そこまで考えてその場を後にする。
すると、ケロウジが隠れていた木の向こうからガサゴソと音がした。さらには声が聞こえるのだ。
「何だってんだよ……」
カラカサの仲間である可能性も考え、ケロウジは注意深くその声の後ろから回り込んで見る。
そこには狸がいた。あるいは猫かもしれない。狸の体に猫の尻尾を揺らす獣がいるのだ。
「くっそぉ……」
猫タヌキはまた声を出した。
「魔獣?」
ケロウジが驚いてそう聞くと、猫タヌキはさらに驚く。ケロウジは大きな悲鳴をあげそうなその魔獣の口を塞ぎ、とにかく抱えて人気のない場所まで走る。
その間、猫タヌキは「やっちまった」とうな垂れ、大人しく抱えられていた。
結局、人の目が気になり自宅まで帰って来たケロウジ。
猫タヌキは座布団と水を差し出されてご機嫌だ。その顔は完全に狸である。
そんな事など関係なしで、部屋の中でヒイロの霊体がユラユラと揺れている。
「それで、魔獣なの?」
「おぅ! ササってんだ。よろしくな!」
「あぁ……よろしく。あのさ、連れて来といて悪いんだけど、何で抵抗しなかったんだ?」
ケロウジの問いにササはギロリと顔を上げる。
「なんだよ。俺が鈍くさいって言ってんのか? 脅かすぞ、こら」
「もう驚いてるよ」
「そうなのか? 分かり難い奴だな」
それから人懐っこい様子で腹が減ったと言うササに山菜鍋を振舞い、ケロウジは聞く。
「ササはあそこで何してたんだ?」
「お前こそ何してたんだよ?」
ササはケロウジの真意を探るような目を向ける。
「あの男から馬を取り返したくて探ってたんだよ」
ふぅん、と返事をしたササはまた山菜鍋を食べながら猫の尻尾を振る。
「お前たちって、魔獣についてどのくらい知ってんだ?」
唐突にササが聞いた。
「どのくらいって、言葉を話して魔術を操るって事くらいかな」
「魔獣は獣と違って長生きなんだよ。種類にもよるが二、三百年くらいだな。初めから魔獣だったわけじゃなくて、途中で魔獣になるんだ。魔獣になるのは全体の三割くらい」
ササは、激しく感情を揺さぶられる何かを切っ掛けとして、獣から魔獣に変わるのだと説明した。
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