第6話 俺の血ではお赤飯なんか作れない

「えぇぇえ?! そ、それ本当?!かえでちゃん」


「はい、推測ですが」


閑静な住宅街に香織かおりの声が響き渡る。


「近所迷惑になるからもう少し声のボリュームを落とした方が……」


「ちょっと待ってて今大事な話してるから」

「そうだよ兄さん。今大事な話してるから」


現在は登校中。俺は香織と楓に絶賛ハブられている。

楓に全力で謝った日から一週間ほどたち、事を連絡しているのだが日に日に楓の機嫌は悪くなっていく一方だ。

二人は数メートル程前を歩いているため感情を読めない。

それに加えて俺が少しでも近付くと

『ガールズトークに混ざろうとする男子は嫌われるよ』

と言われてしまった。

というかあの二人あんなに仲良かったっけ?


「じゅんに……かの……ができたかも知れないってどういうこと?」


「私の推測なのですがここ一週間くらい……が遅くて。あと……の匂いがしました」


会話の端々は聞こえるが内容まではわからない。


「もしかしたらって思ってたけどやっぱり楓ちゃんもじゅんの事が……でも楓ちゃん、いくら血が……とはいえ家族で……いけないと思うよ」


「そうやってライバルを減らそうとしても無駄です」


「私の方が付き合いが長いのに」


「それ負けフラグですね」


「ちがうもん! 時間をかけて愛を育んでるだけだもん!」


なんかモメてるっぽいな。

もう仲が良が良いのか悪いのかわからない。


「そこで取引なんですけど……報酬は兄さんのパン……」


「え! そんなの貰っちゃって良いの? でも……それ使用済み?」


「もちろん……私としてはものすごく惜しいんですけど流石に高校までは行けないので」


「その話乗った!」


俺の知らないところで何かが決まったらしい。







その日の放課後も俺は可憐と勉強をする約束をしていたため図書室へ向かう。

するといつものように可憐はすでに俺を待っていた。


「あの、純也じゅんやさん。勉強を教えて貰っている代わりに何かお礼をしたいという話をしたのを覚えてますか?」


しばらく勉強をした後、可憐はそう話を切り出した。


「えっ? ああ! 覚えてるよ」


嘘である。完全に忘れていたのだが適当に相づちを打つ。

お礼なんて本当に気にしなくて良いのに。


「実は、勉強を教えて貰っている友達へお礼をしたいと両親に相談したらこれを頂きまして」


可憐の手に握られていたのは、ここから数駅離れた場所にあるオープンしたばかりの水族館のペアチケットだった。実際に行ったことはないが、かなり人気があるらしい。


「勉強を教えて貰っている友人にお礼がしたいと言ったらお父さんがくれたんです。会社で貰ったらしいんですけど、2枚しかなかったらしくて家族で行くには足りないですし。あ、そうそう! お父さんに純也さんの事を話したら今度うちに呼んでくれと言われました。」


「え……マジで?」


怖い怖い怖い怖い!!

絶対にお父さん勘違いしてるって!


「それと、直接渡しても受け取りづらいんじゃないかとお母さんに言われまして、私も行けと言われてしまったのですが迷惑じゃないですか?」


「いやいや、迷惑だなんてそんな! めちゃくちゃ嬉しいよ! なんか気を使わせちゃったみたいだね。ありがとう」


「いえ、全然つかってないですよ」


それはそれでなんか傷つく


「あっいえ、あの、気を使ってないって言うのは自然体というか気を張りすぎていないという意味で」


俺の考えていたことを察したのか可憐がフォローを入れる。


「では、予定の合う日を決めましょう!」


可憐と水族館に行くのは来週の日曜日になった。


ん? これはもしかしてデートというやつなのでは?

と言うか、よく考えたら可憐と水族館にいることを他の人に見られたらかなりまずくないか?

可憐のファンクラブの一部は過激派だという噂を聞いたことがある。とりあえずバレたら優人からは殺されそうだ。


でもまあ、なんとかなるだろ!


このときの俺はまだこれが原因でまさかあんなことになるとは微塵にも思っていなかった。







「じゅん! もしかして可憐ちゃんと付き合ってるの?」


家に帰ると香織がいた。

家が近いため別に珍しいことではないが、今日の彼女は半泣きだった。


もしかして可憐と一緒に勉強をしていたところを見たのだろうか?


「付き合ってないけど良い友「あぁぁ!なんか意味深!意味深だよぉ!」


まだ言い終わってないんだが。


そう言いながら香織は玄関でゴロゴロと転がっている。

はしたないからやめなさい。

ちらりと階段の方に目をやると楓がどす黒い瘴気をまとって立っていた。


「へぇ……兄さんにも春が来たんだね」


季節的にもうすぐ夏だが。


「じゃあ、今日の夕飯はお赤飯ですね。兄さんの血で作りましょうか」


こえぇぇぇぇぇぇ!!!!


俺は急いで2人の誤解を解いた。

実際のところ俺は可憐の事が好きになった訳じゃないし、可憐も俺に対して恋愛感情はない。

可憐の額には真っ赤なニコニコマークが常に浮かんでいるため、俺のことを本当に仲の良い友達だと思ってくれているのだと思う。

それが俺にはすごく心地いいのだ。

まあ、そんなことを言ったりしたらどうなるかはなんとなく分かるから言わないが。


額のマークが段々いつものピンクのハートに戻っていく二人を横目に、キリキリと痛む胃をさする。

2人の気持ちは嬉しいし、もちろん2人のことは好きなのだが、それが恋愛感情かどうかと聞かれれば違うと思う。

今は『家族』としてしか見ることができないのだ。


そして一番の問題は2人の気持ちを知ってしまっているという事だ。


告白されたわけではないからなにも言えないし、かといってこのままにするわけにはいかないし……


ああぁぁぁどうしたらいいか神様教えてえてくれぇぇぇぇ!!!


俺は人の感情が見えてしまう大変さを改めて思い知った。

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