第7話 尾行されているいる俺は落ち着いてデートができない

「お待たせしました!」


そう言いながら宮崎可憐みやざきかれんは人混みを分けながら小走りでやってきた。

さすがに日曜日の駅は人が多かったが、私服の彼女は普段より一層オーラが増しているためよく目立つ。


まずいなこれ、目立ちすぎて普通にクラスメイトとかにバレるんじゃないか?

可憐と休日を過ごしたなんてクラスメイトましてやファンクラブなんかにバレたら、ただじゃ済まないと直感が告げている。

もうすでに道行く人がチラチラと足を止めてこちらを見ているし、かなりヤバそうだ。


彼女の服装は白のブラウスに黒のスカートというシンプルなモノトーンコーデだったが、彼女の素の魅力を最大まで引き出すとんでもない破壊力を持った兵器と化している。腰まで伸びた綺麗な髪には編み込みがされていた。


そう、今日は可憐と水族館へ行くと約束していた日だ。


「待ちました?」


「いや、俺も今来たところだよ」


そんなテンプレな会話を交わす。

恋人同士のやりとりみたいで俺はドキドキ……しかけたが心臓は違う意味で飛び跳ねた。


俺の目線は可憐の背後に固定されたまま動かなくなる。


俺の視線の先にいたのは道路を挟んで向かいのスターバッカスコーヒーの店内からこちらを睨むかえで香織かおりだった。







さかのぼること今日の朝。

俺は普段あまり付けないヘアワックスで髪をセットして少しばかりのお洒落をしていた。

恋愛経験ゼロの俺は当然デートなんかしたことがない。

強いて言えば女の子と出かけたことなど香織の家族と一緒に旅行へ行ったくらいだ。


それでも俺だって年頃の男子である。

女の子の前では格好だって付けたいのだ。


入念に身だしなみをチェックしていると


「兄さん? ……お洒落しててかっこいい……じゃなくてどこかに出かけるの?」


楓が俺に恋愛感情を持っている事自体には慣れてきた。

だが恋愛感情を持たれていることを確信してしまったせいか、いつもなら『聞き間違いか』と聞き流せる程度の小さくてよく聞こえない部分が聞き取れてしまう。


「あ、あぁちょっとな」


動揺しているのを悟られないように誤魔化すように答えてしまったのが悪かった。


「兄さん。なんか隠してるでしょ?」


「いや、別に?」


「もしかして……女?」


「……」


俺は嘘をを見破れる割には嘘をつくのが下手だった。

楓の額に浮かんでいたピンクのハートが暗い色にすっと変わる。


あ、これまずいやつだ。

命の危険を感じた俺はそこから全力で逃げた。

逃げれば家に帰ってから尋問に遇いそうだったが、帰るまでにいいわけを考えてうやむやにしようとしたのだが、それが悪い方向に転がってしまった。


今更言い訳しても無駄だろう。

上手く撒けたと思ったのだが……

正直妹を舐めていた。それに楓が協力を要請したのか香織までいるし。

遠くなる意識を何とか保って俺は水族館へ向かった。







「やっぱりじゅんも可憐ちゃんみたいな子がタイプだったんだ……」


「香織先輩! あの人だれなんですか?!」


「……うちの高校一の美人の可憐ちゃん」


「うっ、あの人が兄さんが勉強を教えている可憐さんですか?! ぐッ……び、美人……で、でもまだ諦めません!」


一方カフェの中ではそんな会話が繰り広げられていた。


「じゅん、可憐ちゃんとは付き合ってないし勉強教えてるだけって言ってたのに」


「でもでも! 兄さんは付き合っていないと言ってたじゃないですか! きっと勉強のお礼かなんかですよ」


「あのとき私達に嘘をついていたか、勉強を教えてたらそのうち良い雰囲気になって……みたいな感じかな」


「……まあ、私は一つ屋根の下にいるので、もし兄さんがあの人と付き合っていたとしても、あの人と別れるまで待てます。香織先輩は新しい出会いを探すことをおすすめします」


「嫌だよ! 私だって待つもん! 私の相手はじゅん以外考えられないもん!」


「……チッ」


「舌打ちされた!?」


「してないですよ」


「でも楓ちゃん。仮にだよ? 仮に可憐ちゃんとじゅんが付き合っていたら本当に待てるの?」


「待てなくなったら兄さんを襲います」


「お、襲うって?」


「兄さんを性的に食べてしまうと言ったんです」


「さっきより表現が直接的になってるよ!」


「既成事実を作ってしまえば両親も世間も認めてくれるでしょう」


目が本気まじだった。


このとき香織は純也の貞操は自分が守ると固く誓った。

まずは鍵のついていない純也の部屋に鍵の設置を勧めよう。







「純也さん! 見てください! ナマコってすごく柔らかいんですね!」


水族館に着いた俺と可憐は『海の生物触れ合いコーナー』にいた。

大きな水槽には海星ヒトデやナマコなどがいて自由に触れるコーナーだ。


「意外だね。女の子のはそういうの苦手だと思っていたけど」


ヒトデなら大丈夫な女子は多いかも知れないがナマコは見た目がエグいため触れる女子は少ないはずだ。

と言うか、ヒトデも裏側結構グロいんだが……


「え? そうなんですか? すいません私だけはしゃいでしまって。水族館へ来るのは初めてでして」


「いやいや! 俺も水族館に来るのは久しぶりだったから楽しませて貰ってるよ!」


俺のこの言葉に嘘偽りはない。実際にこのコーナーに来る前に見た海月クラゲの水槽では10分くらい時間を忘れて立ち止まって見入ってしまっている。

ライトアップされた幻想的な空間で、どこか儚げに泳ぐ海月の姿はとても神秘的だった。

最近の海月コーナーってあんなに綺麗なのか。


俺は30cmはある巨大なヒトデを両手でつかんで可憐に見せ、ちゃんと楽しんでいることを伝える。

ごめんなさい。ナマコは苦手なんです。


「すごく……おっきいですね」


ナマコを持ちながら言われるとなんかえっちだ。







その後も俺と可憐は様々なコーナーを見て回った。

お昼前くらいになると


「すいません。少しお手洗いに行ってきます」


「じゃあ俺はこの辺で待ってるね」


可憐がお手洗いに行ったため一人になる。

一人になった俺は急に冷静になり、重要なことを忘れていた事を思い出す。


水族館に来てから、ずっとはしゃいでしてしまっていた俺は今まで気付かなかったが、今ならはっきり分かる。

背後に感じる放つプレッシャーが。


「ははっ、はぁ……」


俺は乾いた笑いとため息しか出すことしかできなかった。

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