第5話 最近帰りが遅い俺は妹の機嫌を損ねて夕飯がない
放課後、図書室へ向かうと
「あ、
と笑顔で話しかけてくる。
昨日は教えることに夢中で途中からあまり気にならなくなったが、改めて可憐の姿を見ると俺の目には直視できないほど眩しく映る。
「お、遅れてごめん。じ、じゃあ始めようか」
昨日はずいぶん自然に振る舞えたが、時間が空くとドギマギしてしまう。
ガッチガチに緊張しているせいでずいぶんと気持ちの悪いしゃべり方になってしまった。
「はい、このページのこの部分なんですけど――」
「ああ、そこは――」
俺は何かに夢中になるとそのことだけに集中してしまう性分だ。
集中すると周りのことが見えなくなってしまう。
いつの間にか意識しすぎずに勉強を教えることができていた。
「ふふっ」
突然可憐が笑い出した。
突然の事だったため集中モードが切れて素に戻ってしまう。
「??」
「すいません。私、中学の頃は学校にほとんど行けなかったので友人が少なかったんです。それでも女子の友達は何人かいましたが男性の友人は一人もいなかったのでこうして純也さんとお話しできるのが何だか嬉しくて」
「え、でも宮崎さんは凄いモテるから男友達がいないようには見えないけど」
可憐はいつも誰かしらに囲まれているため、なんだか意外である。
「告白してくださる方々は名前も知らない方なので……それに私から話しかけると皆さん泣きながらどこかへ走って行ってしまって」
え、信者ヤバすぎだろ。話しかけられただけで泣くって……あ、優人ならやりそうだわ。
「普通に接していただけるだけで嬉しくてつい」
普通に接しているように装っているだけで内心は焦りまくっているのだが……
そんな俺の様子を知ってか知らずか可憐のテンションはどんどん上がっていく。
「あと純也さん。宮崎さんではなく可憐と呼んでください」
「ごめん可憐さん、癖で」
頑張った! 自然に呼べたよ!
異性に耐性のない俺にとって女性を名前で呼ぶのはものすごくハードルが高い。何年も一緒にいる
俺は基本女子の名前を呼ぶときは名字でさん付けだ。
名前で呼ぶのは香織と楓くらいだろう。
しかし、格好悪いところは見せたくないという謎のプライドでなんとかおどおどせずに乗り切れた。
「できれば、さんも取っていただければ」
と思ったらさらにハードルが上がった。
「呼び捨て?! それは流石にハードルが高すぎるというか恐れ多いというか」
下手したら俺が殺されてしまう。
彼女の信者である優人ですら宮崎さんと呼んでいるのだ。
バレたらどうなるかは火を見るより明らかである。
それに問題は優人だけではない。
最近可憐のファンクラブが校内で結成されたらしいのである。
もしもの事があればタダじゃすまない。
そんな俺の内心を知るよしも無く、上機嫌な彼女の額には真っ赤なニコニコマークが浮かんでいた。
入院生活で友達ができなかった分、新しい友人ができて嬉しいのだろう。
楽しそうに話す彼女の笑顔を見ているとその申し出を断るわけにはいかなかった。
「か、可憐のクラスには仲良くなれそうな人はいなかったの?」
「そうですね。できれば全員と友達になりたいのですけど、みなさん私と目が合うと走ってどこかへ行ってしまうので……私、もしかして嫌われているでしょうか?」
「いや、それは絶対無いから安心して」
ただ単に信者がやばいだけである……とはさすがに言えなかったので適当な話で話題をそらす。
「でもそんなに告白されても全部断ってるって事は、もう好きな人がいるんだね」
「いえ、実は私まだ誰かを好きになったことがないんです。恋に憧れたりはするんですけど」
それは彼女の信者にとっては絶望的だな。
彼女が恋を知るまで玉砕する犠牲者が後を絶たないんじゃないか?
うちのクラスの級長、爽やかイケメンも振られたって言うし。
なんかもう一周回って落ち着いてきた俺は踏み込んだ質問をしてみる。
「じゃあ好きな人のタイプとかもないの?」
「タイプというわけではないんですけど、理想みたいなのはありますね。でもとても幼稚なので」
「凄い気になる」
純粋な好奇心で思わず食いつき気味になってしまった。
教えてもらえたら後で優人にこっそり教えてあげるか。
「絶対に笑わないと約束してくれたら教えてあげます」
「約束するよ」
笑っちゃうフラグ立ったかも知れない。
「本当に恥ずかしい話なんですけど、私は小さい頃から入院していて病院生活が長かったので両親から絵本や本を沢山貰っていたんです。その中でも特に女の子のピンチを主人公がかっこよく助ける話が好きで、その本を読んでるうちにいつの間にか自分をその女の子に重ねてしまっていたみたいで・・・・・・」
「要するにピンチのお姫様を助ける王子様に憧れているわけか」
「あぁぁぁ、他の人に言われると心へのダメージが」
可憐はいつもの俺のようにテーブルに顔をうずめて悶える。
テンションが上がって思わず普段は言わないような事まで口走ってしまった様子の彼女のちらりと見えたおでこには、漫画でよく見る赤色の斜線『///』が見えた。
よほど恥ずかしかったのだろう。
*
「すいません取り乱しました」
数分後、落ち着いたのか彼女の額のマークは消えていた。
「さっきまでの私はテンションがおかしかったです。忘れてくださいただでさえ恥ずかしい事なのに人に話すなど、どうかしてました。 それに自覚はあるんです。こんな年にもなってそんなことに憧れている自分が痛い女だということに。巷ではこういう思考の人のことをシンデレラコンプレックスって言うんですよね」
可憐はズーンと効果音が聞こえてきそうなほど暗い顔で早口でそうまくし立てる。
落ち着いたと思ったらずっとこの調子だ。
「俺はそういうの良いと思うよ。憧れはだれにでもあるし。 それに今は誰かを好きになることがわからなくてもきっとそのうち運命の人だって思える人に出会えるよ。まあ、恋愛経験ゼロの俺が言えたことじゃないけど」
そうフォローを入れると彼女の顔がみるみるうちに笑顔になり額には赤色のニコニコマークが浮かび上がる。
優人に負けず劣らずわっかりやすいなぁ。
「ありがとうございます。なんだか色々すっきりしました!」
「図書室閉めますよー」
気の抜けた用務員さんの声が聞こえた。時計を見ると8時を少し過ぎていた。
大急ぎで俺たちは荷物をまとめて校舎を出る。
「すいません。勉強を教えて貰うためにわざわざ来ていただいたのに」
「大丈夫だよ。俺も楽しいからね」
「もし迷惑ではなければ明日も教えていただけますか?」
「もちろん。明日以降も都合が合えばいつでも構わないよ」
「ありがとうございます! 教えていただいているだけでは申し訳ないので今度お礼をさせてください」
「気にしなくて良いのに。俺はただ教えるのが好きなだけだし」
「もし本当にそうだとしても私の気が収まりません!」
「そういうことならありがたく受ける事にするよ」
そんなことを話していると可憐と別れるまで重要なことを忘れてしまっていた。
家に着くと
顔は笑っているが能面のように張り付いた笑顔からは一切の感情が感じられない。
ただおでこには真っ赤な青筋マークが浮かんでいる。
青筋なのに真っ赤、なんてね。……ははは。
楓の放つプレッシャーで凍結した思考回路ではそんなどうでも良い事しか考えられなかった。
*
時刻は9時30分。
可憐との話に夢中になりすぎて昨日したばかりの約束を思いっきり破ってしまった。
「本当にごめん!これからは気を付けるようにするから」
ソファーで座っている楓の足下で正座をしながら謝る。
「良いよ兄さん。誰にでも忘れる事はあるから」
声音は落ち着いているが、額の青筋マークは依然として真っ赤なままだ。
楓の感情は見ないと決めたはずだったが怖すぎて無理だった。
「正座疲れるでしょ。崩して良いよ」
言われるままに正座を崩すがダイニングを見るといつもなら用意されている夕食がなかった。
「あの、楓さん? 俺の晩ご飯は……」
「兄さん今日夕飯必要だったんだね。どこかで食べてるか何なら
何か壮大な勘違いをしている気がしたがそれどころじゃない。
「本当にすいませんでしたぁぁ!!」
俺は見事なまでのジャンピング土下座をするのだった。
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