第2話 少年たちの野心 

***

旅籠屋のポサダは、四人の若い勇者たちを笑顔で出迎えた。

「あら、精悍な顔つきの勇者さんたちねぇ。とても頼りになりそうだわ」

サオラには『精悍』の意味が解らなかったが、なんとなく良いことを言われていることはわかったので笑顔を返した。

ポサダは全員の名前を記帳し、一人一人の様子を頭の先からつま先まで、じっくりと見た。

「サオラとブルーバックは王国の東の村の出身なのね。あそこは良い小麦がとれるわ」

ポサダがそういうと、サオラは明らかに不満そうな顔で言った。

「小麦しかないところですよ。あんな所じゃ冒険の一つもできない」

「あら、パンは好きじゃない?」

タマラオがにやりと口角を上げて、

「こいつ、ずーっと言ってますよ、パンなんか作っても有名にも金持ちにもならない、力の無駄遣いだって。まぁ、俺も小麦作りより冒険に出て一獲千金を狙ったほうがいいけど」

「“少年よ、大志を抱け”ね」

ポサダは記帳を続けながらクスリと笑った。ワラビがタマラオの服についた小さな枯れ葉をそっと指でつまんでポケットにしまいながら、

「おかみさん、この近くで薬屋はないですか?少し補充をしたくて」

「薬屋だったら診療所の隣にあるわよ。広場に出て右から三つ目の通りをまっすぐ行ったところよ」

「ありがとうございます」

「それからその槍、柄との境が少し緩いわ。向かいに武器屋があるからみてもらったほうがいいかもしれないわね」

指摘されたブルーバックは驚いて槍を見上げたが、素直にうなずいた。ポサダはカギを渡して二階に上がる勇者たちを見送り、さて、と小さな声を出した。

「野心と自信は一人前。装備はばらばらだけど比較的きれい……むしろきれいすぎる。まだ一度も冒険には出ていないわね。若手というよりひよっこ、と。レベルは…10あるかどうか」

窓から黒いカラスがひらりと部屋に入ってくると、黒い大きな瞳をポサダに向ける。

「よろしくね、ヤコウ」

ポサダがそう言ってメモを渡すと、カラスはくちばしを小さく開けてメモを受け取り、窓から飛び出した。


* *


ブルーバックは槍を持って武器屋を訪れていた。武器屋の主人に槍を見せると、手に取った主人はほぅっと声を上げた。

「なかなか良いものを持っているな。きちんと手入れもされている。…柄と刃はこんな風にすれば自分でも簡単に調整できるはずだ」

そう説明すると、ブルーバックは熱心にそれを聞いていた。また、他の武器の手入れに関しても主人に尋ね、並べられた武器をじっくりと見つめる様子に、主人が笑って尋ねる。

「熱心だな。職人の仕事に興味があるのかい?」

「武器を見るのが好きなんです。鋼を磨いて小刀を一から作ったこともあります」

ブルーバックがそういうと、主人は笑った。

「好きなだけ見ていけ。なんなら買って行ってもいいぞォ。おまえさんなら体格にも恵まれてるし、長剣でも弓でも習ってみたらいいさ」

ブルーバックはそれを聞いて、眉を下げて困ったようにつぶやいた。

「……実は、使うのはあまり得意ではないんです。本当は作るほうに興味があったんで」

「――そうなのか」

武器屋の主人が何か言おうとして口を開くと、勢いよく開いた扉から騒々しくサオラとタマラオが入ってくる。

「おい、ブルーバック、お前も市場で買い物するだろ?」

「早く行こうぜ~」

二人にせかされて、ブルーバックは槍を手に武器屋の主人へ、

「ありがとうございました、また来ます」

と丁寧にお礼を言い、サオラたちについて店を出る。扉が閉まる瞬間、タマラオが、

「お前本当に武器屋好きだよなぁ。あんなの何使ったって一緒だろ」

と言ったのが聞こえ、ブルーバックが笑う。

武器屋の主人は閉じた扉の向こうをじっと見つめた。

入れ替わるように、つなぎを身に着け大きなお団子頭を結わえた女性が一人入ってくる。

「やっほい、アルマさ~ん。私のムーンライトちゃんは?」

「ダワイか。お前さんのはこっちだ」

そう言って棚の下からレイピアを取り出す。ダワイは鼻歌を歌いながら受け取ると、

「ルーキーくんたちはどうだった?」

とにやりと笑って尋ねる。主人のアルマは腕を組んでため息をついた。

「おおむねポサダの言った通りだが……俺の評価を聞きたいか?――死ぬぞ、あいつら」

ダワイはレイピアを鞘から抜いてその刃を確認しながら、

「……それなら、墓場にいくつか石が増えることになるね」

と、まるで何でもないことのように言い放ち、刃の切っ先を天井に向けた。

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