勇者のいない町②
第1話 勇者たち、町に来る
東の門が、この町の一番大きな入り口だった。
その入り口で、見るからに上等な白い羽織と装甲をつけた冒険者の一団が、今まさに町に入るための手続きを行っている。
その周囲には、旅人・商人問わず、多くの者が遠巻きに眺め、黄色い声をあげていた。
簡単には声をかけられないが目は離せないと言ったオーラが一団にはあった。それもそのはず、実力も名声も近隣で一位二位を争う勇者の一団なのだ。
大きな都市でも大国でもないこの町で、そうそうみられる勇者たちではない。
簡単には近寄れないと尻込みしている周囲をよそに、町から出てきた一人の若者が一団に気軽な調子で声をかけた。
「『白銀の獅子団』じゃないか!久しぶりだなぁ!」
日に焼けた肌に、黒い髪を高い位置で結わえた快活な女性だった。その姿を見ると、勇者の一団もおおと声を上げて親し気に握手を交わした。
「シレイ!久しぶりだな、元気だったか?相変わらずこの町は平和だな」
「平和が取り柄の町だからね。北方のナタレ山のモンスター討伐の噂は聞いてるよ。すごいじゃないか」
シレイと呼ばれた女性がそういうと、勇者たちは豪快に笑う。長剣を携えた女性騎士が、
「ああ、あそこは半世紀以上人を閉ざした場所だったからね、とても手ごわかったが……私たちはやり遂げた」
「さすが大陸一の勇者たちだ。良かったらまた冒険譚聞かせてくれよ」
シレイは勇者たちを町の中へいざなった。
大柄な勇者たちの一団に比べるととても小柄だが、シレイにはなぜかそれを感じさせない存在感があった。
「西のことについては何か聞いてるか?」
シレイがわずかに声を押さえて尋ねると、先ほどの女性騎士が首を振る。
「依頼はない。それに……行ったという者にも、会ってないね」
シレイはそうかと簡単に返事をする。すると杖を持った男性魔導士が、
「次は東の山脈の洞窟にお宝を狙いに行こうと思ってましてね。帰ってきたらこの町でも派手に楽しませてもらおうか」
と言うので、シレイはにやりと笑って
「よし、宴の準備をしとこう」
と請け負った。
* *
『白銀の獅子団』の通った後、東の門の近くではその話題で持ちきりだった。
門を通過してすぐ、真新しい鎧に身を包んだ若い勇者、サオラが仲間たちに興奮した声をあげる。
「おい、見たか!?あれが噂の『白銀の獅子団』!かっこよかった~!俺もいつかあんな風になりてぇ!」
すると弓を持った身軽そうな勇者、タマラオが同じようにはしゃいだ声で言う。
「剣士様めちゃくちゃ美人だったな~。はァ~、俺たちも早く仲間増やしてレベル高い冒険に行きてぇな~。そんでモテたいな~」
すると、一番小柄なワラビがくすくすと笑ってタマラオを見る。
「タマラオはいつもそればっかりだ」
「いいじゃねぇかよ。モテて、金持ちになるために勇者になったんだからよォ」
一番背の高いブルーバックは、町の様子を見渡す。
「ここは『はじまりの町』と聞いていたが、あんな大物も来るんだな……驚いた」
四人がしばらく歩くと、町の中心と思われる広場にたどり着く。音楽家が路上でバイオリンを奏で、市場は活気よくにぎわっている。通りを歩く旅人や勇者らしき人物も、サオラたちのような若者から古参まで様々な人が往来する。
ここは『はじまりの町』。
冒険を控えた者たちが装備をそろえ、体を休め、情報を集めるために集う場所だ。
サオラたちも、これから冒険の旅に出る。
様々な人の行き交う町の様子に、少しばかり緊張した面持ちになる四人。
「君たち、この町は初めてかい?」
広場の手前で立ち尽くすサオラたちに声がかかる。人懐っこい笑顔を向けて近づいてきたのは、シレイだった。
「名のある勇者だったらすまない、名前と顔を覚えるのがどうも苦手で」
「いえ。この町は初めてです、自分たちはこれから冒険を始めるので」
ブルーバックがそう説明すると、サオラがすかさず訂正した。
「いや、冒険には何度か出ているんです。まったくの素人じゃあない」
シレイはそうかと大きくうなずき、
「歓迎するよ。私はこの町に住むシレイ。この町はどんな冒険者も、その勇気を称えて迎える場所だ」
と右手を差し出した。シレイたちは少し照れながらも、一人ずつ握手を交わす。緊張がほぐれた様子だった。
「次はどんな旅をする予定?」
「もちろん、ここらで一番強いモンスターを倒して名を上げるつもりだ」
「それに、お宝を手に入れて金持ちになるんだ!」
サオラとタマラオが勢いよくしゃべりだし、ブルーバックとワラビが苦笑して顔を見わせる。シレイが二人の話を笑顔で聞くと、
「冒険は希望にあふれたものじゃなくちゃね。応援しているよ。
―――もしよかったらよい宿を紹介させてくれないか?そこの通りの5件目、左手側にあるポサダさんの旅籠屋は人気の場所だ。部屋も広いし、宿代もとても良心的」
そう言ってシレイは通りの向こうに小さく見える花の飾りのついた看板を指さす。
「ポサダさんはとてもきれい好きでね、もし砂埃でも一緒に連れて入れば宿中掃除させられるが……君たちは大丈夫そうだ」
と言って、シレイはワラビの身に着ける上着をパタパタと叩いて笑う。
「君たちの新しい冒険の武運を祈ってるよ。もし何かわからないことがあれば遠慮なく町の人に聞いたらいい」
シレイはそういうと片手をあげてじゃあと一言、颯爽と去って行った。
サオラたちはしばらくその背中を見送るが、すぐに雑踏に紛れて見えなくなる。
ワラビが言う。
「良い町だね。人も親切で気さくだし。……旅籠屋、行ってみる?」
そう聞かれ、残りの三人は自分の服や鎧をパタパタとはたいて砂を払い、うなずいた。
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