第7話 そして勇者はいなくなった

空はだいぶ白くなってきて、太陽が出るまであと少し。

この時間が一番静かで、一番寒い。

警護団長のグルカは、町の入り口の一つである南の検問の前に一人で立っていた。

遠くから歩いてくる人影に気付き、顔を上げる。

磨かれた時代遅れの鎧を身に着け、門に向かってくるのは勇者見習いだ。

その目には一筋の強い光が宿っている。

グルカは黙って、勇者見習いに相対する。

勇者見習いも立ち止まった。

「……どこに行くんだ」

グルカが低い声で尋ねる。まるで敵を前に相手を威圧するような気配だ。

「オレは勇者だ。冒険に出るに決まってるだろ」

勇者見習いも負けじと答えた。

「武器も持たずにか?」

「……よく考えたら剣なんか使ったことないし、あってもなくても一緒だ」

少しだけ気まずそうに答える勇者見習いは、鎧すら窮屈そうに腕を振る。

「南の渓谷の話は聞いているな」

グルカがそういうと、ぎくりと肩を揺らす勇者見習い。

「モンスターについて何の情報もなく、仲間も連れず、対策もない。考えなしの無謀を英雄とは呼ばない」

グルカは腰に差した剣に手をかけて勇者見習いをまっすぐ見る。

「ただの馬鹿だ。名を上げたいなら自分の実力に見合う場所へ行け」

グルカの迫力に、勇者見習いは肩に力を込め、息をのむ。

しかし勇者見習いはひるまなかった。

「……モンスターに困っている人がいて、それを助ける。それが勇者じゃないのかよ」

勇者見習いはグルカに向かってまっすぐ進む。

その間合いに入ってぴたりと足を止めてグルカをにらむ。

「不安を希望に変えるのが勇者だ。名を上げるなんて関係ねぇ」

グルカは黙って勇者見習いを見つめた。その瞳には険はなく、むしろとても静かだった。

すると、グルカの背後の影が動く。

マントを羽織ったノロが現れる。

勇者見習いは驚いて声を上げる。

「なんでここに?」

ノロはじっと勇者見習いを見つめると、

「ひとりで行くのは無茶。やめたほうがいい」

と身振りと一緒に静かに語りかける。

しかし勇者見習いは、一層胸を張ると笑顔で答えた。

「この町の人はみんな良い人だ。オレ、町の人にずっと笑っててほしい」

そういうともう、勇者見習いは検問を通りぬけて歩き始めた。

グルカもノロももう止めなかった。

もともと警護団には、町人以外の人間がどこかに出ていくことをとがめる必要はない。

森に向かってまっすぐ伸びる一本道を、一度も振り返らずに歩く勇者見習い。

グルカとノロは黙ってその背を見送る。

ノロには、勇者見習いの未来が見えていた。

あの鎧が砕け散る未来だ。


「勇者見習い」はそのまま、姿を消した。



***


このみちずっとゆけば あのまちにつづいてる きがする


子どもたちが夕暮れの広場で歌っている。

買い出しをしていたキズリが、その歌に気付いて子どもたちを見る。

子どもの一人が唐突に、

「あの旅人さん、今日は会えなかったね」

という。ほかの子どもたちも、

「一緒に歌いたかったなぁ」

「今度は鎧着てみせてくれるって言ってたね」

「きっと楽しい冒険にでてるんだよ!帰ってきたらお話聞くの、楽しみ!」

と甲高い声を上げて話をする。

そしてまた歌を歌いながら、それぞれの家路についた。

その会話を聞きながら、唐突に勇者見習いのことを思い出したキズリは、今度は情報屋にちゃんと会ってもらおうと心に決めて、酒場へ向かった。



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