第5話 路傍にて
にぎやかだった酒場が、優美な楽器の音で静かになっていく。
酒場の外で、桶に顔を突っ込んでいた勇者見習いが、その楽器の音で目を覚ました。
桶から顔を上げると、路傍につながれた馬たちと目が合う。
頭を抱えた勇者見習いは地面に寝転がった。
「旅人さん、そんなところで寝転がると馬車にひかれるよ」
キズリが店から出てきて、一杯の水を差し出す。勇者見習いはお礼を言って受け取ると一気に飲み干した。
「……なんでこんなところに寝てるんだっけ」
首をかしげる勇者見習いに、キズリが事情を説明する。
「ジョンボさんとカヤさんは、よく旅人をからかってるんだ。悪い人たちじゃないんだけどね」
勇者見習いを外に運んだあと、二人は店を出たとキズリが話す。
「ジョンボさんはお金を払わないと正しい情報をくれない。雑談でもなんでも、ぜーんぶが『作り話』。だから正確な情報は必ずお金で買わないと」
酒場の中から、今度はギターの音に合わせて歌が聞こえてくる。
勇者見習いがふと気づいて顔を上げる。
「ああ、この歌、子供たちに教えてもらった歌だ」
「ああ、これ?この町に昔から歌い継がれている歌さ。大昔、遠い国から来た勇者が歌っていた異国の歌だって」
「……帰りたいけど帰れない、か」
そのうち、酒場の客も歌い始めて大合唱が始まる。
しばらく聞いていた勇者見習いは、よし、と膝を打って立ち上がる。
「世話になったな。夜も更けたし、宿に戻ることにするよ」
「いやだ、帰っちゃだめだよ、旅人さん」
そう言って上目遣いのキズリが勇者見習いの腕にしがみつく。
「食事代もまだだし、そんなに元気なら自分で汚したもんは自分で片付けて帰ってね」
にこりと笑って力強く腕をひく。勇者見習いはどきまぎしながら答えた。
「あ、ああ、なるほど、そうだったかぁ。ビビったぜ」
裏口で頭を突っ込んでいた桶を洗うよう言われ、勇者見習いは素直に従った。
店に入ろうとしたキズリは馬をなでる少女と目が合う。
「……なにか、みえたの?ノロ」
キズリがそう身振りをすると、ノロと呼ばれた少女は首を振った。
**
「ノロ、相談に乗ってくれてありがとう。私勇気を出してみる!」
「ノロの占いは絶対当たるんだから、よかったね」
そう言って酒場から出てきた女性が二人、笑顔で手を振る。
ノロも酒場から出ると、
「気を付けて帰るのよ!」
とキズリに肩を叩かれ、うなずいて通りを歩く。
そこへ勇者見習いがやってきた。
「よし、あとは食事代だけだな。いくらだ?」
「33ビギン」
「え?オレそんなに食ったか?ちょっと待ってくれよ……あるかな……」
勇者見習いがあらゆるポケットをひっくり返してお金を集めだした。
すると突然通りで大きな声が響く。隣の酒場から出てきた男たちが喧嘩を始めたのだ。
「こらこら、こんなところで喧嘩するのやめてよ!」
キズリが声をかけるが、店から出てきたほかの客たちがヤジを飛ばしてけしかける。
男の一人が空き瓶を地面にたたきつけると、もう一人も持っていたグラスを地面に落とした。
その甲高い音に、つないでいた馬が驚いて駆け出す。
「待って、そっちは……!」
キズリが真っ青になって馬を追う。
馬はパニックになって通りを走り、歩いていたノロに迫る。
ノロはまったく気付く様子がない。
「ノロッ!」
キズリは無駄だとわかっていても大きな声を出した。
ノロは音のない世界で生きる人なのだ。
間に合わないことを覚悟で、キズリは馬に手を伸ばした。
すると、
暴れる馬の手綱を引いて勇者見習いが鞍に飛び乗った。
ノロにぶつかるほんの少し手前で馬はバランスを崩し――――正確には、勇者見習いが馬のバランスを崩して転倒させる。
勇者見習いのポケットからいくつかの銀貨が宙を舞って転がり落ちる。
そのまま馬と勇者見習いは地面を勢いよく転がった。
ノロがそれを見て目を丸くする。キズリが追い付いてノロに身振りする。
「だいじょうぶ!?けがはない?」
ノロがうなずくと、ほっと息をつく。
「おい、あんちゃん無事か!?」
酒場の客たちがぞろぞろと出てきて、勇者見習いと馬に近寄る。
ノロとキズリも駆け寄ると、馬は自力では立ち上がれず、体をゆすって鳴く。
ノロが馬の鼻面をやさしくなでると、おとなしくなる。
仰向けに倒れこむ勇者見習いを心配そうにのぞきこむキズリに、
「……ちょっと待ってくれ……金落としちまったわ……」
と弱弱しい返答が返ってきた。
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