第4話 うそつきとバカはだまされない
勇者見習いは酒場に入った。たくさんの人がいる。
いろんなにおいがした。人の匂い、武器の匂い、土のにおい、そして食欲を刺激する料理のにおい。
お腹がグーっとなって、勇者見習いはさっそくカウンターの一つに腰掛けた。
入って数秒で目的を忘れ、メニューを眺め始める。
一日中走り回り、朝から果物以外口にしていなかった。
勇者見習いは次々と料理を頼んでは皿を空にしていく。
料理を運ぶ従業員のキズリが、
「旅人さん、よく食べるね」
と小さな肩を揺らして笑う。
やっと思い出したように、勇者見習いが顔を上げ、キズリを呼び止めた。
「すまねぇ、情報屋は今ここにいるか?」
「情報屋?ああ、ジョンボさんのこと。でもあの人は……」
と言ってキズリが顔を寄せる。
「わたしを探してるんじゃないか、勇者見習いくん」
一番奥のテーブル席に座る黒い服が声をかけた。
勇者見習いが最後の一口を飲み込む。
「アンタが情報屋か」
「せっかくだしこっちに座りませんか?」
と言って向かいのいすを指さす。勇者見習いはうなずいて席を移動した。
キズリは呼び止めようとしたところを現れた金髪の人物に止められ、ため息をついてカウンターのお皿を片付け始めた。
黒服と勇者見習いが向かい合う。
「どうやら冒険の旅は初めてらしいですね、勇者見習いくん」
「この町の近くで一番強いモンスターか、魔王の手下を教えてくれ」
「まぁ落ち着いて、一杯どうです?」
黒服が笑う。
さきほどキズリを制した金髪の人物がマントをひるがえし、一本の瓶を持って黒服の隣に座る。
「酒をおごるから混ぜてくれるか?わたしはカヤ。この町にすんでるただの飲んだくれだ。これから冒険を始める若人の話、ぜひ聞きたいねぇ」
いきなり酒瓶を持って現れた金髪を特に気にせず、勇者見習いは勧められたお酒を飲む。
一瞬で顔が赤くなった。
空になったグラスに金髪がすかさずお酒を注ぐ。
「君はなぜ冒険を望む?」
「なまえをうって、たくさんのひとにしってもらうためだ」
すでにろれつがまわっていないが、力強くいう。
「この町に来る冒険者たちはみなそうだな。ふるさとは?だれかいっしょじゃないのか?」
「にしのさばくのはしが……おれのふるさとだ。いっしょにきたものはいない」
黒服と金髪がそうかとうなずいて、自分たちの杯を掲げる。
「新たな勇者どのの未来に」
三人で乾杯と言って酒をあおる。
勇者見習いはさらに顔を赤くした。
「ところできみ、運は強いほうですか?」
黒服がにやりと笑って、ゲームを持ち掛ける。
「もし君が一度でも勝てば、とびっきりの情報をタダであげますよ」
テーブルの上に三つのカップと小さなボールを出す。勇者見習いは黒服をじっと見て、
「よし、やろう」
目が据わり始めていた。金髪がおかしそうに笑って二人をながめる。
**
「こないだ北の洞窟からお宝持って帰ってきたパーティから聞いたんだけど、東の密林の中の遺跡、モンスターが出るって?」
金髪がジョッキをあおりりながら黒服に言う。
勇者見習いは目の前の三つのカップを見つめ、迷うことなく真ん中を指さした。
黒服が肩をすくめ、
「ずいぶんと情報が早いですね、きみも」
「情報屋ほどじゃないけどね。西の砂漠を往復してきた旅団が見事な金塊を持ち帰った、なんて話もあったね。あそこで金がとれるとは」
「砂漠越えはそうそうできるものじゃないが、ついに金塊を見つけて帰ってきたんだ、よほど運が良かったんですね、その旅団は」
と言いながら、真ん中のカップを持ち上げる。そこには何もなかった。
「正解はこっちだ」
そういうと、黒服が左端のカップをもちあげる。赤いボールが入っていた。
勇者見習いが頭を抱えて吠えた。
「くっそ~!オレうんはいいはずなのにぃ~!」
と言って、グラスの中の酒を飲み干す。9回目のペナルティだ。
「どうします、勇者見習いくん。次で10だ」
黒服がにやにやと笑ってカップを動かす。
「こんだけやってハズすやつも見たことないねぇ。そろそろ引き時じゃないか?」
金髪がからかうように声をかけると、うーんと頭を振ってうなり続ける、
どうやら限界が近いらしい。
しかし勇者見習いは人差し指を掲げた。
「もういっかい」
その目は死んでいなかった。
キズリが他のテーブルの片づけをしながら、三人の様子を黙ってみている。
黒服がにやりと笑う。
「そうこなくっちゃ」
黒服がカップを目にもとまらぬ速さでシャッフルする。
勇者見習いの前に三つのカップが並んだ。それまで黙ってカップを選んでいた勇者見習いが、金髪を見てふとつぶやく。
「なぁ。アンタはさっきから、どうしてつくりばなしばっかりはなすんだ?」
そうして右端のカップに手を置く。
カップを持ち上げると、果たしてそこにボールは……、
ボールは、なかった。
勇者見習いは目の前の二人に、今にも閉じてしまいそうな瞳を向ける。
金髪と黒服の表情から、表情が消えていた。
勇者見習いはカップを離すと、テーブルの上の瓶をつかんで勢いよく飲み始めた。
がんっと音を立てて瓶を置く。
カウンターの端から、キズリが三人を見ている。どこか呆れた顔をしていた。
黒服が残った二つのカップをひっくり返すと、どこにもボールは入っていなかった。
「君の勝ちです、勇者見習いくん」
そう言って黒服が笑みをこぼすと、金髪がやれやれと脱いだマントから真っ赤なシャツが見えた。
初めから二人は入れ替わっていたのだ。
勇者見習いがうつむいたままどんっと両手をテーブルにつく。
そのまま動かない。
いや、動けない。
「勇者見習いくん……おーい、きみ、大丈夫ですか?」
「あ、これはまずい。これはまずいよカヤ」
二人の前で、肩を上下させて嗚咽を繰り返す勇者見習い。頬を膨らませてリスのようにし、目を白黒させている。
出る。
これまで体に入れたすべての液体が。
勇者見習いの口から噴出する瞬間、キズリが間一髪横からやってきて、その頭を木桶にぶち込んだ。
なんとも情けない声を出し桶に頭を突っ込み続ける勇者見習いを見て、
「おいおい、大丈夫かそこのぼうずは」
「カヤ、少しは手加減してやれよぉ」
と周囲の客からヤジや笑いが起きる。
キズリだけは、まだ幼さの残る顔でじろりと黒服と金髪をにらんで、
「ジョンボさん、カヤさん。二人で責任もってこの人外に出して」
この店においてのラスボスは、間違いなく彼女だった。
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