第3話 勇者見習いは頭領に会いたい

翌日の早朝、商売人たちがせわしなく市の準備をするさなか、勇者見習いがやってきた。

鎧はまとっておらず、少しラフな服装をしている。腰に下げた剣が重くてバランスを崩しそうになりながら、勇者見習いは近くにいた八百屋の主人に声をかけた。

「おはよう、よい朝だな」

「こんな朝早くから、見ない顔だね。旅人さん?」

「武器屋のおっちゃんに、商人の頭領のところに行けと言われたんだが、どこにいる?」

主人は目を細めて勇者見習いを見ると、

「ああ、そうかい。頭なら今魚のセリを見に行ってるから町の外だよ。少ししたら帰ってくるからここいらで待っていたらどうかな」

と言ってにっこり笑う。勇者見習いも納得して、

「そうか。じゃあ腹ごしらえしながら待っておこうかな」

と言い、果物をいくつか買った。



勇者見習いは果物をかじりながら、八百屋の主人や客たちとの話に花を咲かせていた。

一人の青年がやってくる。主人はやぁと声をかけて、

「頭は町に戻ってきたかい?この旅人さんが探しているんだが」

青年は日に焼けて真っ黒な肌をしている。どうやら漁師らしい。

「ゲルトさんか?農家に行くと言っていたぜ。今年の小麦のことがどうとか」

そう言って、勇者見習いに簡単に場所を説明する。市場とはどうも反対方向のようだ。

勇者見習いはお礼を言って、すぐさま駆け出す。重たい剣に何度もバランスを崩す勇者見習いの背中を、八百屋と漁師が眺めていた。


**


勇者見習いがたどり着いた先は、農地の一軒の小屋だった。ちょうど小屋を出てきた農民の一人に声をかける。

「ゲルトさん?ああ、さっきまでここで今年の収穫の相談をしていたんだがね、肉屋たちがもめてるってんで飛んで行ったよ」

「こ、今度は肉屋か」

額に汗を浮かべた勇者見習いが元来た道を引き返そうとすると、農民があわてて声をかけた。

「そっちじゃないよ!町の西側に豚の品評会してるところがあるんだ。結構遠いから馬でいったらどうだ?」

「馬なんて持ってねぇんだ。走ったほうが早い、ありがとな、おにーさん」

そういうと、勇者見習いは畑の横の道をまっすぐ走っていった。


***


「そうか、こうすりゃいいじゃねーか!」

勇者見習いが剣を腰ではなく肩に背負い、満足げに走り出したころには、品評会場の近くだった。

勇者見習いが息も絶え絶えにたどり着いた先には、ゲルトも肉屋もいなかった。

代わりに、学校帰りの子どもたちが大きな声で歌を歌って歩いてくる。

「旅人さん?こんなところでなにしてるのー?」

「わぁ!すごい剣!強そう!」

「見せて!かっこいい!」

「ふっふっふ、よいだろう。見るがいい!」

わかりやすく調子に乗った勇者見習いは、背中を見せてポーズをとる。

子どもたちはやんやと好き放題に触れてはきゃーとか、わーとか歓声をあげる。

「そういえばさっき歌っていたのは何の歌だ?」

勇者見習いが尋ねる。

「学校で習ったんだ」

「なんかね、ふるさとに帰りたいけど帰れないっていう歌!」

「へーおもしろそうだな。教えてくれよ!」

「いいよー!」

そう言って子どもたちと勇者見習いは大合唱を始めた。

勇者見習いは時々、目的を忘れる。


**


太陽が傾きかけていた。子どもたちに教わった歌を一緒に歌い終わるころ、勇者見習いははっと気づいた。

「そうだ!ゲルトっつー頭を探してる途中だった!」

すると子どもたちが顔を見合わせる。

「ゲルトさんなら学校を出てから会ったよねぇ」

「うん、市場に戻るところだって言ってたよ」

「ほ、本当か?」

「ほんとー!」

子どもたちが一斉に声を上げる。

「よし、じゃあ市場に戻ろう!ありがとな、みんな」

そう言って走り出した勇者見習いに、

「旅人さん、また会えるー?」

と子どもたちが声をかける。勇者見習いは笑顔で振り返り、

「冒険から帰ったらまた遊ぼうな!」

と言って手を振った。以前よりずっと走りやすそうに去っていく背中に、子どもたちも笑顔で手を振って見送った。


**


夕焼けに染まる市場では、商人たちが片づけを始めている。

その端々を駆けずり回る人間がひとり。勇者見習いだ。

「ゲルトさん?帽子屋の近くで話しているのを見たよ」

「頭は正門に北の行商たちの交渉に行ったよ。そんなことよりその帽子似合うよ~買っていかない?」

「ああ、ついさきほどまで買い付けをしてましたよ。今はもうお帰りになりましたね。どうです、見事な宝石でしょう。恋人に贈ったら喜ばれますよ」

「そこの若いの、暇なら一局やってかないか?勝ったら酒おごってやるぜ~」

などと、行き交う町人や行商人たちに次々と声をかけては寄り道を繰り返し、勇者見習いは街の端から端まで駆け回った。

太陽が森の向こうに沈んで街灯がつき始めたころ、

店の片づけを終えた八百屋が、通りを走る勇者見習いに声をかけた。

「きみ、まだゲルトさんを探してんのかい?」

「おお、八百屋のおっちゃん。そうなんだよ、やっぱ広い町はなかなか人がみつかんねーんだなぁ。オレの村とは大違いだ」

と頭をかく様子に、八百屋は少し戸惑ったように口を開いた。

「ゲ、ゲルトさんは忙しい人だからな……もしかすると、商会場にいるかもしれないよ。商人からの報告をそこで聞くことになってるんだ」

「おお、そうなのか!どこだそれ?」

八百屋が商会場の場所を伝えると、勇者見習いは八百屋の手を握ってお礼を言った。

「いやぁ、顔さえわかればこんなに苦労しないんだけどな、ありがとな!」

踵を返して元気よく立ち去る様子を、八百屋は苦笑して見送った。


**


商会場にいた頭領のゲルトは、束になった書類に目を通しながらてきぱきと答えた。

「町の外のモンスター?この辺には大して強い奴はいないよ、じゃなきゃうちらがここで暮らせないだろ。ほとんどが商人でも倒せるような雑魚さ」

「そうなのか。まぁ俺も町に入るまでモンスターとか見かけなかったしなぁ」

勇者見習いは剣を下ろしてため息をついた。

「せっかく会えたのに何の情報もなくて悪かったね。あっちこっち聞いて回ったんだって?」

「ああ、今日だけで63人に会った。あと10人いりゃオレのいた村の全員と同じ数だ」

「……この町には町人のほかにもたくさんひとがいるからね。そうだ、情報屋なら金さえあればいくらでも欲しい情報をくれるよ。今なら大体下の酒場にいる、赤い服を着たやつさ」

「情報屋!そんな便利なやつがいるのか!いいこと聞いたぜ!」

勇者見習いは先ほどまでの落ち込みなどまるでなかったように、すくっと背を伸ばしてくるりと向きを変えた。

「忙しいとこ邪魔したな!」

そういうと扉を開けて出て行ってしまう。

入れ替わるように人が入ってくる。武器屋のアルマだ。

「よう、もうかってるか」

ゲルトはアルマを一瞥して、

「こないだ貸した210ビギン、いつ返してくれるんです?団長さん」

「元、団長だ。そうにらむなよ、今日返しに来たんだ」

そう言ってアルマは茶色の封筒を机の上に置いた。ゲルトは封筒を受け取り中身を確認しながら、アルマに尋ねる。

「……あんなもの腰につけさせたの、アンタですか?アルマさん」

と聞くと、アルマはにやりと笑って答えた。

「ああ、あいつの指示でな。あの見習いには剣を見る目も知識もからきしない。ありゃあすぐに死ぬぜ」

ゲルトが書類に視線を戻し、さらさらとペンを走らせながら、

「63」

とつぶやく。

「なんだって?」

「あの子、今日63人に会ったと言ってました」

ゲルトはペンの動きを止め、開けっ放しの扉を見つめた。

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