第9話 「必殺技を初手で使うなよ」

 背後で扉が閉まる音がした。完全に閉じ込められたな、こりゃ。気が付くと、音もなく現れた人影に囲まれていた。全員が真っ黒なフード付きの外套を着て思い思いの武器を持っている。何かを合図に一斉に襲い掛かる。

「『グレイシア』!」

 一瞬、部屋が面白い光包まれた。黒衣の男たちが氷漬けになった。

「ナイスだ!走るぞ !」

 動き続けないとすぐに囲まれる。いくらシグルドでも、究極氷魔法グレイシアはそう何度も受けないだろう。先頭を走ったのはシンヤ。なにせこいつしか目的地を知らないから。走っている途中、扉から、曲がり角から、窓からいたるところから老若男女問わない黒服が襲ってきた。しかも一撃一撃の威力が高いのだ。鉄爪をした女性、刺又を振る男、天井から六歳ぐらいの女の子がクナイを首に突き立てようとしてきたのにはさすがにビビった。シンヤは教皇府を下へ下へと進んでいるようだった。 シンヤの歩調が遅くなる。俺は一応、岩で廊下を封鎖しようとして振り返った。何度封鎖しても、すぐに追っ手が元の量に戻るから厄介だ 。そこで妙なことに気づいた。さっきまであんなにいた追っ手が一人もいない。壁にあった装飾は消え、コンクリート打ちっぱなしになっていた。

「なんか、地下牢みたいだな」

「よくわかりましたね。地下牢なんです。」

 シンヤの声が反響する。シンヤの声が薄れて消えても、誰かの声が聞こえてくる。扉の向こうから聞こえてくるようだ。

 扉を開けると聞こえていた声は止まった。中には屈強な男が二人、それぞれ巨大な斧と剣を持っていた。その間には声の主、髪も、胴衣も、袴も漆黒の少女が立っていた。その奥の鉄格子の向こうは暗くて何も見えないが、この巨大な空間はそこに居る何かを閉じ込めるためにあるんだろう。

「破滅の巫女」

 シグルドはそう言うと剣を逆手に持ち直し地面に突き立てた。黒い少女はそれを見ていた。

「『破滅の光ルイン・レイ』」

 感情のない声で少女 『破滅の巫女』がいった。シンヤの目が丸くなる。何かくる。本能的に防御する。直後、俺達は、光に押しつぶされた。

「………!」

 全員ほぼ同時に崩れ落ちる。痛い、苦しい、内臓が灼けるようだ。今口を開けたら黒煙が出るだろう。戦斧を持った男がシグルド目掛けて突進した。多分シグルドは動けない。

   ガァァン。硬い音が響く。

「何をなさっているんですか?魔導龍騎殿?」

 斧はシンヤが受け止めていた。背中には白い翼がある。不意にシンヤが背中を丸めて咳き込んだ。黒い煙がマジで出た。

「別に、何も。」

 シグルドは虚勢を張って立ち上がった。黒衣の男の剣撃を受け流す。コンクリートの壁に爪痕ができた。不思議な声が聞こえる。破滅の巫女が破滅の光ルイン・レイの詠唱を始めたらしい。

「アッシュ、動けるか。」

「なめるな」

 実際ギリギリだったけど。

「少し時間を稼いでくれ 。俺は相棒を召喚する 。シンヤも頼む」

「わかった」「OK」

 俺は立ち上がり、駆けた。シャクっという音が聞こえた。リナが最後のスイカを食べたらしい。俺はシグルドに振り下ろされた剣を鶴嘴の柄と刃の間で受け止め、跳ね上げる。腕がもげそう。シグルドが 剣を床に突き立て そこから魔法陣が現れる。シグルトの詠唱が始まる。リナがスイカの最後の一片を読み込んで癒しの歌を歌い始めた。鉄のぶつかり合う音を伴奏とした三重奏が部屋を包み込む。

 俺は剣を使う黒衣の男相手に苦戦を強いられていた。一撃一撃が重いし、俺の体も重い。巫女に一太刀浴びせれば詠唱は途切れ、破滅の光ルイン・レイは不発に終わるだろう。あの技がもう1度来たら全滅は免れない。俺にはあれのかわし方も防ぎ方もわからない。だから、隙を見て巫女を狙うのだが、黒衣の男がそれを許さなかった。そもそも相手の方が一枚上手なのだ。おそらく破滅の力で攻撃を強化しているのだろう。剣がうっすら光を帯びていることには戦い始めてしばらくするまで気づかなかった。剣が斜め下から切り上げられる。鶴橋が手を離れた。黒衣の男がそのまま剣を振り下ろす。一歩飛び退いてかわす。まずい、こいつの攻撃の直線上にいたらダメなんだ。斬撃が飛んできた。斬撃がシンヤの刀にあたってくだけだ。

「何やってるんだ、よっ」

 シンヤは斧を振り上げた男を蹴りでいなしながら言った。俺はとりあえず黒衣の男から距離を取った。クソ 、何かないか、打開策は。シグルドの詠唱はまだ続いている。リナも癒しの歌を歌い続けている。そういえば、俺も何か食料を持っていたような。ウィンドウを開き、持ち物ファイルを見る。これだ。『佃煮』。一か八か、口の中に詰め込んだ。

「それは、『佃煮』!」

 シンヤが驚いたように叫んだ。やばい、今なら何でもできそうな気がする。フハハ 。

「『超エキサイティング!』」

 俺は高らかに叫んだ。地面を蹴る。凄まじい速度で間合いが詰まる。落ちていた鶴橋を拾い、振りまくる。体は軽いが一撃は重い。ついてこれてる相手はさすがだ。そうだ !鶴嘴に引っ掛けて黒衣の男を投げ飛ばす。男はなかなか見事な着地をした。

「『黒曜オブディシアンナイフ』!」

 鶴嘴から鋭利な黒曜石の嵐が現出した。自然と口角が上がる。そうだ、お前はかわせない。なぜならお前の後ろには、破滅の巫女がいる。黒衣の男は両手を広げて黒曜石を受け止めた。畳み掛ける。踏み込んで、鶴嘴を振り下ろす。黒衣の男は剣を倒して両手で受け止めた。

「よく受け止めた!さすがだ、なあ!」

 岩が男の胸にのしかかった。男が左手を開いてあげた。命乞いをするかのように。

「大丈夫。殺しはしねーよ」

 いや、違う。男の手には 芒星魔法陣が浮かんでいた。

「『フレイム』」

 男の声に従って魔法陣から真紅と漆黒の混ざり合った炎が噴出した。油断していた俺は壁際まで飛ばされた。応用炎魔法でここまでの威力かよ…水色服じゃなかったら死んでた。起き上がろうとして気づいた。体が動かない。佃煮の副作用か?その時、巫女の声が止まった。これは、死刑宣告だ。

破滅の光ルイン・レイ

神の祝福ゴッドブレス!」

 深夜の翼が一枚飛び散った。その羽が降り注ぐ破滅の光をはじいた。

「ナイスだ!シンヤ」

 シグルドが地面から剣を抜く。こちらも詠唱が終わったようだ。何かの咆哮が轟く。

「来い!【ティダ】!」

 魔法陣がひときわ明るく輝き、巨大な黒い影が現れた。これがシグルドのパートナー・ブラックドラゴン “ティダ“

「お前たち、少し休んでろ。」

 ティダの首にまたがりながら言った。

「こっからは、ずっと俺のターンだ!」

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サマーバケーション!!〜異世界帰還の終末回避〜 サヨナキドリ @sayonaki

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