第8話 「運命の出会いってあるじゃないですか」

 * *


 その女性は俺たちお店の奥にある客間に案内した。俺とリナが隣り合うように椅子に座り机を挟んで向かい側にシンヤと女性が座った。透き通るような白い髪をした美しい人だった。簡素な服装をしていてとても優しそうだ。

「あの、あなたは?」

「私はミラです。この糸屋の店主をしています。」

「糸屋って ?」

「糸を紡ぎ、糸や、糸からできたものを売るんです」

 そういえば、この客間にも糸繰車や手織り機が置いてあるな。それよりも…

「じゃあミラさんとシンヤはどういう関係なのかな?」

 これにはシンヤが答えた。

「ミラは俺の嫁。」

 リア充ですねわかります。

 一瞬のことだったから何が起きたのか分からなかった。シンヤがボンレスハムになった。真っ赤になったミラが糸の量端を握っている。

「イタタタタ、照れちゃって、そんなところも…」

 ミラが力を込めて糸を引く。

「痛い!本当に食い込んでる。マジで食いこんでます。すいませんすいません!あ、でもこれ気持ちい……」

「ミラさーん!シンヤが変な方向に目覚める前にやめてあげて!」

 ミラが糸から手を離した。同時にシンヤをいましめていた糸が解けた。俺とシンヤは机に突っ伏した。なんかどっと疲れた。

「全く、人前でそういうこと言わないでください。」

 まだ赤い顔をシンヤから背けながら椅子を立って壁際の折り機へ向かった。しばらく織りかけの機に目を落として、それから唐突なことを言った。

「そうだ、一緒にお風呂に入りません?」


 * *


 依然として客間である。俺とシンヤはソファで二人で並んでうつむいていた。

「へえ、結構スタイルいいじゃないですか。」

「そ、そうかな。きゃあ!そこはダメェ」

「いいじゃない。女の子同士なんだし」

 こんなやり取りが浴室から聞こえてくる。シンヤは遠い目をしながら鼻に詰めた紙を赤く染めている。全く、何を考えてるんだかわかったもんじゃない。と思いながら俺は自分の鼻に詰めたティッシュを取り替えた。

「なあ」

 出血多量でぼーっとしている。

「何?」

「お前の羽の力でこの壁透視できない?」

 うーんと考え込んでからシンヤは答えた。

「できるかもしれないけど…」

「けど?」

「そんなことしたら今度はボンレスハムじゃなくてスライスハムにされちゃうなー。」

「大変だね」

 黙っていると思考が妄想世界に吹っ飛びそうになるから、話し続ける。

「ミラさんとお前って、いつ知り合ったの?」

「いやあれはまさに運命の出会いだった…」

 話し振っておいてなんだが、のろけ話ほど聞いていて不快なものはない。そうそうに聞き流しモードに入って、さっきミラが見ていた布を近寄ってみた。真っ白な糸でできているが 、織ってあるのか編んであるのかわからない。確かに横糸はあるけれど、経糸が複雑に絡み合い、様々な紋様が浮かび上がっていた。

「『ギフト』っていうんだ」

 俺が聞いてないことに気づいたのか、シンヤが言った。

「この布の名前が?」

「そう」

 世界の名前を冠した布、か。

「綺麗だな」

 シンヤは微笑んで、はたの方へ来た。

「未完成だけどね。まあ、完成なんかしない方がいいんだ」

 そう言って機に触った。女性陣は風呂から上がったらしい。

「触ったのバレたら怒られるわ。」

 大袈裟な仕草で布から手を離し、元いたソファに座った。俺はもう1度その機を見た。なんで綺麗だと思ったんだろう。未完成だしところどころ粗くてそこだけ見たらズタズタに切り裂きたくなる。それでも全体は美しい。

「不思議な布だ。」

「そうですね」

 いつの間にか後ろにいたミラさんが言った。リナはパジャマ姿だったけどミラはさっきと同じ服装だ。

「では、 晩御飯の買い出しに行きますので、ゆっくりしていってね。」

「ミラさん、買い出しなら俺が。」

 そう立候補したのはシンヤだ。

「助かります。じゃあこのメモの通り。」

「なあなあ、俺は店の方を見てきていいかな?」

 面白そうだったからなとリナは言った。

「そう言ってくれて嬉しいわ。お礼に何か一つただで差し上げるから私に持ってきて。」

 ヤターと喜んで装備をパジャマからワンピースに変えて店に飛び出した。

「やっと二人きりになれましたね」

 ミラが鍵を閉めた。

「それはどういう 」

 一瞬で距離を詰められた。俺はソファの背もたれに倒れ込んだ。手が握られる、顔が近づく、何か柔らかいものが体に当たっている気がする。ミラが悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「みんなには内緒だよ?」

 胸が高鳴る。と、ミラの体が急に離れた。

「だめですよ。こんなことでなびいちゃ」

 ドッキリだったのか。危なかった。まだ手の温もりが残っている。あれ?残っているのは温もりだけじゃない?手の中には二本の組紐が残っていた。

「これは、ミサンガ?」

「うちの主力商品はミサンガなんですよ。黄色は金運、青色は知性、橙色は魅力。その中でも強力すぎて販売自粛な商品がコレ!」

 ミラはとびきりのスマイルを浮かべた。

「運命の赤い糸をより合わせて作った恋の赤ミサンガです!みんなには内緒だよ」

「なんで二本なんですか?」

「一本は自分に、一本は意中の人につけるんです。自然に切れたとき、確実に恋は実ります。」

 そんな話を聞いて妄想が暴走しないわけがない。勝手に赤面して勝手にオーバーヒートする俺の様子をミラさんは楽しそうに見ていた。

「ではくれぐれも…」

 ボケーっとしている俺の手からミサンガを俺のポケットに入れながら言った。

「リナさんとよろしく」

 赤面の域を超えて俺は頭から蒸気を噴出させた。ミラさんが客間の鍵を開ける。同時に話題の人が飛び込んできた。

「ミラさん!決めた!これにする。」

「橙色ミサンガですか。いいですよ。ただ、それ以上魅力的になってどうするんですか?」

「俺はアイドル志望だからなー。魅力はいくらあっても足りないんよ。」

 そう言って早速ミサンガを足につけてターンして見ている。スカートがふわりと広がる。

「とってもよくお似合いですよ。」

「そうかな 。アッシュどう思……ってアッシュ!大丈夫か!頭から湯気が…さては」

 ヤバイ、勘づかれたか。

「ミラさんに惚れたな?さすがに横恋慕はよくないなあ。ミラさんはシンヤの嫁なんだから。」

「ちょっと!リナさんまで何言うんですか!」

 そんなやり取りを見ていると無性に楽しくなって、おなかの底から笑った。二人もつられて笑った。


 * *


 楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、それから翌朝まで1時間だった気がする。

「皆さんの旅の無事を祈っています」

 出発する時、ミラさんはそう言って、四本の白いミサンガと、シンヤに水色ベスト、俺に水色タンクトップ、リナに白いタートルネックセーターをくれた。それらは魔法の糸で作られていて、水色糸は冷を、白糸は聖をもたらすらしい 。実際、着てみるとレジストをかけてもらった時より涼しくなった。さて行くか。

「遅かったじゃねーか。」

 宿屋で合流したシグルトの最初の言葉はそれだった。不満そうな口ぶりだけど、頭にターバンを巻いているところを見ると、楽しんだようなので問題ない。一路教皇府へ。

 砂漠の旅後半はらくらくだった。暑くなかったし、それどころか基本炎魔法『ファイア』ぐらいならかき消せるくらい水色服は威力が強かったから。ただ、リナは水色服を貰っていないので適宜スイカを食べてごまかしてもらった。シグルドは知るか。

 破滅教教皇府は何本かの尖塔が密集した荘厳な造りだった。カルト教団、だよね?

「さて、ここからどうするかだな。」

 シグルドが言った。確かにそうである。騎士団が迂闊に手を出せない相手だ。慎重に…

「お邪魔します」

 シンヤが扉を開けた。

「バカヤロウ!何正面突破してんだよ!」

 大丈夫だ。扉の向こうにはお婆ちゃんが一人いただけだ。まだごまかせる。

「あの、僕たち破滅教に…」

「貴様ァ!何故来た!」

 そう叫ぶと思ってい杖をシンヤ目掛けて振り下ろした。シンヤが一歩下がってかわすと、杖は床にちょっとしたクレーターを作った。マジか…強すぎだろ。杖をもう1度振りかぶった老婆にシンヤが体当たりした。どうやら気絶させることに成功したらしい。

「すまん!忘れてた!」

 シンヤが叫んだ。

「何を!」

「俺、破滅教の人にものすごく嫌われているんだった!」

「何ですと!!」

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