第7話 「トロイとイカで、トロイカ……なんでもありません」
* *
風呂から上がり、宿泊室へ向かった。広い浴場だった。宿泊室の扉前まで来た。中に二人ともいるみたいだ。少し話声が聞こえる。扉を開けたら二人がベッドに並んで座っていた。
「ねぇねぇ聞いてアッシュ。」
リナが立ち上がってこっちに来た。相当舞い上がっているみたいだ。
「カーネル姉とすごく仲良くなれたんだよ。しかもアドレスももらっちゃった。幸せ〜もう死んでもいい!」
「えっ、マジ?すごいじゃん!いいなあ 」
さすがに陛下のアドレスは羨ましい。そういえば昨日からリナはずっと口も聞いてくれなかった。あまりの嬉しさに怒りも忘れてしまったようだ。でも、外から聞こえた話し声はこんな雰囲気じゃなかった気が…まあ、いいか。俺はベッドに倒れ込んだ。
「あれ?アッシュ大丈夫?」
「少し疲れただけだ。」
そう言うと凄まじい勢いで眠りについた。
* *
「では出発しますか」
着替えが終わってシンヤが言った。俺達は変わらない服装だけど、リナは水色のワンピースを着た。露出が減ってホッとしたような残念なような…冗談はさておきまず女王陛下に出発の報告をすることになった。玉座にはドナルド陛下と女王陛下の両方がいた。
「早速だけど、頼まれていた鍵だよ。」
「ありがとうございます。さすがです。」
「破滅教教皇府に行くんですってね」
え?
「破滅教って?」
俺はシンヤに聞いたつもりだったが女王陛下の横にいたシグルトが返事をした。
「世界の始まりからあるといわれるカルト教団だ。三人の神のうち破滅を最高神とし、崇め、破滅の遅延か安らかなる破滅を願う。しばしば過激な行動に走り、30年前まで続いた大戦も裏で糸を引いていたという噂だ。そんなもんだから現在は騎士団が常に監視の目を光らせている。」
「破滅の力に精通しているから騎士団でも迂闊には手を出せないんだよ。」
シンヤが付け加えた。そんな剣呑なところに行くのか…
「シグルド、この方々に同行しなさい。」
えっ?シグルドも意味がわからないようだった。
「すみません、どういうことですか?」
「パーティーに参加して助力しなさいということです」
「いや、でも俺には王国守備の使命が…」
「そうですか…それなら仕方ありません。」
目を伏せたあと、にっと笑った。
「私が行きます。」
「…ハァ?」
「おじい様のご友人に王国一の警護をつけるのは当然でしょう?あなたが行かないならば私が行くしかないじゃないですか。」
「いえ、待ってください。待ってください」
シグルトは困ったように頭をかいた。
「分かりました私が行きます。行きますよ。」
「頑張ってくださいね。」
テレテテッテッテー。シグルドが仲間になった。
玉座の間を出る直前にドナルド陛下が口を開いた。
「一つ警告しておくけど、オフィシャルとイリーガルに気をつけて。」
「なんですかそれは?」
「最近目撃事例が増えているんだ。オフィシャルは真っ黒い『無』で、魔法も、物理攻撃も効かない厄介な奴なんだ。」
俺はゴブリンの巣での出来事を思い出した。確かにあれは手に負えない。公式のか。
「では、違法のというのは?」
「姿はいろいろなんだけどたいてい場違いな姿をしているんだ。こいつらには攻撃が効くけど、イリーガルに襲われた人がイリーガルになったって報告もある。戦わないほうが賢明だよ。」
* *
破滅教教皇府は首都の南にある砂漠、その中心にあるらしい。足元の砂が軋み、一方ごとに体力が削られる。暑い上にこの辺の魔物はファイヤーフェネックとか炎さそりとか炎技を得意とする奴ばっかりだ。あーうっとうしい。しかもシグルトは攻撃魔法ばっかりで白魔法はからっきしらしい。全く、使えない。嘘。さすがに魔導龍騎は無敵だ 。途中遭遇した魔物はほとんどシグルドが一振りで倒している。だから俺達はほとんど歩いているだけなのである。強すぎて腹立たしい。
ようやく何か見えてきた。あれは、塔かな?家にしては妙な形だ。走りたくなる気持ちを抑え、ゆっくりと近づいていった。がっかりした。町に着いたと思ったのに、砂漠の真ん中に巨大な木馬があるだけだった。
「砂漠に、木馬?」
意味がわからない、場違いも甚だしいだろう。
シグルド、これって…」
「ああ、おそらくそうだろう。」
シグルドが木馬を見上げる。
「イリーガルだ」
突然木馬の横腹の板が倒れ、地上へ降りる階段になった。木馬の中から足音が聞こえる。何か、くる。木馬から出てきたのは真っ白な……イカだった。
「また烏賊かよ!!!」
むしろ干からびて死ね!
「おい、逃げるぞ!」
俺はそいつらに背を向けた。ただ、シンヤはまた例の構えをしている。刀身が赤紫の光に変わる。今回は背中から翼がはえていない。イカはまだまだ出てくる。
「3Dブレイド!」
不意に木馬が左右に分かれて倒れたリナがサマーソルトキックを木馬に叩き込んだらしい。一撃かよ…リナは黙々と残ったイカどもを片していっている。動く隙も与えない。でも、なんかいつもの優雅さはなく、どこか凶暴な雰囲気で打撃を叩き込んでいっている。結局イリーガルをリナ一人で全滅させてしまった。出番のなかったシンヤは泣きそうな顔をしていた。
「さあ進みましょう。街も近いんじゃないかなぁ〜」
何事もなかったかのようにリナは言った。
* *
到着した。砂漠の町、アシス。久しぶりの緑が目に眩しい。とりあえず給水所で水をがぶ飲みしていると、シンヤがシグルドに話しかけた。
「俺は野暮用があるんだけどついてくる?」
「いや俺は宿屋で待ってるから、町を出るときに呼べよ。」
そう言うと踵を返して宿へ向かった。
「じゃあ、少し街を歩きますか。」
シンヤのペースに合わせたから、街歩きはゆっくりだった。この街に入ってからシンヤは挙動不審だった。いきなりスキップしてみたり、肩を落としたり、それでもゆっくりした歩調に俺は賛成だ。花の付いているサボテンとか、伝統工芸のタイルとか、活気ある市場なんかを良く見れるから。市場でスイカを一玉買った。暑い時はこれに限る。
大通りを進むにつれて、シンヤの歩調が少しずつ早くなってきて、とうとう走り出してしまった。なんなんだ。
「おい、ちょっと待てよ、シンヤ!」
俺の呼びかけにも耳を貸さず、シンヤは走っていく。もう肩で息をしているのに何をそんなに急ぐのか。いきなり通りに面した店の扉に飛びついて、開けた。膝に手をついて息を整えている。そこが目的地か。顔をあげると一瞬固まった。そして姿が見えなくなった。何か叫びながら店の中に飛び込んだらしい。いったい何をしてるんだ。ようやく店の前に着いた俺たちの目に予想だにしない光景が飛び込んだ。この店は結構繁盛しているようで老若男女様々な客がいた。壁際には毛糸、ミサンガ、Tシャツやセーターなどがあるから、服屋か手芸屋かな。そんなことはどうでもよくて、シンヤが、女性に抱きついて泣いていた。
「えっシンヤさん…どうして?」
最初は戸惑っている様子だった女性も、やがて聖母のような表情になってシンヤの頭を撫で始めた。
「何これ、どういうこと?」
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