第2話 「チキンタツタってマックのレギュラーメニューにならないの?」

 * *


 夏休みの初日はいろいろバタつくことが多い。とくに世界を救う旅に出る時は。前日、わくわくして眠れないどころか、パニックを起こして気絶していた俺は前日準備などできる筈もなく、シンヤの悪質な嘘に引っかかったり、あまりに過激な服で出発しようとするリナを止めたり(「踊り子の由緒ある装備なのにな」とリナはむくれていた。)してるうちに、準備は昼までかかってしまった。準備が出来たのはいいが、どうにも奇妙な一行になったな……。リナの露出は少しは減ったものの、肩やふとももはまだ露わになっているし、シンヤはくそ暑いというのに制服のブレザーに校章つきのネクタイを一番上まで上げている。とはいえ自らを顧みると、これはもう奇妙奇天烈と言うより他にない。つなぎの作業服に黄色のヘルメット、背中には大きな鶴嘴を担いでいるんだから。

「じゃあ、行きますか。」

 シンヤは肩にかけた袋から刀?を取り出すと、地面に突き立てた。魔法陣が現れ、シンヤの背中から翼が広がった。ハッとしたように、唱えた。

「モコナモドキモドッキドキー」

 足下の魔法陣と同じくらい聞いたことのない呪文だった。


 * *


「いや、とくに意味はなくて、雰囲気だけど。」

 『はじまりの森』に着いて最初の質問には拍子抜けな答えが返ってきた。

「夏なのにすずしくて気持ちいい所だな〜。」

 たしかにそうだった。日は高いのに森の中は深く暗く、木漏れ日の光を強調していた。

「まあそうだけど、ここはもう『首都』なんだから、くつろいでばっかじゃいられんよ。」

 シンヤはそう言うと俺の方を向いた。

「肩の後ろにいるのは何?」

 白い布のようなものが浮かんでいた。『ゴースト』だ。見回すと、森のあちこちにゴーストがいるようだった。シンヤが地面かは竹刀を引き抜く。

「こいつらは首都で一番弱い魔物だから落ち着いて相手をすれば大丈夫だ、問だい」

 へぶぅという間抜けな声とともにシンヤは後ろに吹き飛んだ。ゴーストの頭が当たったあごは赤くなって痛そうだ。あれ?よく見るとあいつ、伸びてない?

「あんの役立たず……」

 慌てて鶴嘴を構える。相手取るべきゴーストは三匹、こっちは二人。ヤバイ、死ぬ。恐怖が体を固くした。三匹が一斉に襲い掛かってきた。ツルハシを胸の前に構えて思わず目をつぶった。風が吹き抜けた。頬が少し熱くなる。どうやら血が出ているらしい。リナが風を纏い、回転しながら舞うようにゴースト達の中心に踏み込んだ。いや、本当に「舞って」いるんだ。『剣舞』それをシンヤの手から落ちた竹刀を使って即興で演じているんだ。興味のある方はお近くの竹刀を振りながら回ってみてほしい。思いのほか軸がぶれるのだけれど。三匹のゴーストは攻撃の構えを取る度に叩き落とされた。隙がない。我に帰った。鶴嘴で防御しながら見惚れているのは、さぞ間抜けに見えたに違いない。最後の一匹に鶴嘴を突き立て虚空にかき消して、まだ頭の周りをヒヨコが飛んでいる奴を引きずりながら森を抜けた。


 * *


「いや〜、無事に抜けられて良かっ」

 べぶっ。俺がアゴにアッパーを喰らわせたので舌を噛んだらしい。

「良いわけあるかァこの史上最高役立たずが!!」

 ゴーストがうごうごしている『はじまりの森』を抜けると、そこは最果てだった町『竜田村』だった。地理の時間に少し触れたけれど、実際どんな所なのかは知らなかった。とてものどかな農村だった。なんで竜田なんだろう?

「どこが竜田なのかな?」

 リナが借りていた竹刀をシンヤに返しながら言った。そう、それ。それが聞きたかった。

「それなら、見てれば分かりますよ。」

 そう言うなりシンヤは右手を上げて第一村人に、

「竜田!」

 …ハァ?だがもっと意外だったのが第一村人の反応だった。

「竜田!!」

 いかにも親しげに右手を上げて、今にもハイタッチすらしそうな勢いだ。

「たつた」「竜田」「タツタ、タツタ」「たつた?」「竜田、竜田」「た〜つた」「タツタ?」「竜田、竜田」

 何これ?目が回る。リナはそのやりとりを感心したように眺めていた。

「村長に会えるように話をつけてきたよ。」

「まてまてまて。何だったんだ今のは。」

「この村だけで通じる言語だよ。タツタだけで会話ができる優れものなんだよ」

 ほら早くしないと置いていくぞ、とせかすので俺はどこか納得がいかないがついて行くことにした。リナは何か考えているみたいだ。そして思い切ったように右手を上げ、

「たつた」

 ……どうやら村人にお礼をしたつもりらしい。


 * *


 村長の家はとても立派なログハウスだった。村の集会所代わりにもなるらしい。さっきからシンヤと村長が竜田の応酬をしている。もう10分は経ったかな。時に悲しげに、時に驚きに満ちて、時に喜ばしそうに、延々たつたと繰り返している。

「あの…」

 次の言葉が出てこない。そもそも俺たちなんでここにいるんだっけ?

「たつた!」

 村長がハッとしたように俺らの方を見て言った。

「すいません、少し昔話が長くなってしまいましたと申しております。」

 そういったのは村長の隣にずっといった青年だ。青いチャイナ風の服に黒髪落ち着いた雰囲気の好青年だ。玄関を開けて最初に目に入ったのが彼だったから尊重がこんなに若いのかと驚いたが、どうも村長の秘書のような人らしい 。村長はヒゲのおじいちゃんだった。

「あなたは?」

「私は通訳をしているリアです。」

 青年はそう言って微笑んだ。少し気温が下がったのは気のせいだろうか?

「たつた」「話はわかったと申しております。」

 どちらかと言えばこっちがわかっていないんだが。

「たつた」「しかしそのままでは おそらく途中で野垂れ死ぬと申しております」「竜田。」「とりあえず隣のダンジョンに居るゴブリンを討伐してはどうでしょうと申しております。」

 話がいきなりだな。昨日からずっとそうだ。

「タツタ」「ときに、旅費はどのくらい用意していますか?と申しております。」

「そういえばおサイフ持ってくるの忘れちゃったな」

 急いでたからな〜とリナは付け加えた。

「たつた」「これからの旅に旅銀はいくらあっても足りません。そうでしょう?それならボスゴブリンが蓄えている宝をあなた方に差し上げますと申しております。」

 たつた三文字にどんだけ意味を込めているんだよ。いい加減疲れてきた。

「タツタ」

「とりあえず今日はお疲れでしょう宿屋を紹介するのでゆっくりしていってね、と申しております」


 * *


 猛烈に流された感覚をひきずりながら、俺は紹介された宿屋のベッドの上で佃煮をいじくっていた。これは消化不良な思いを整理するために一人でむらお散歩していたとき、川辺にいたおばあさんからもらったものだ。おばあさんは桃が流れてくるのを待っているらしい。持ち物のフォルダーにはもう一つ、村長からもらった竜田揚げが入っている。飽きたので、ウィンドウを閉じる。隣の部屋は浴室になっていて、リナがシャワーを浴びる音が聞こえてくる。

「どう思うよ?アッシュ。」

 久しぶりに竜田以外の言葉を発したシンヤに、俺は水音から連想したラブコメ的展開を脳内から駆逐しながら聞き返した。

「何が?」

 どちらかと言えば質問したいのはこっちの方である。

「リアがさ、何か変だった気がする。前会った時はもうちょっとこう…」

 シャワーの音が止まった。確かにリアからは寒気を何度か感じた。何か本当は中身が空洞のような。歯車が詰まっているような。

「旅先のお風呂は疲れが取れないな」

 リナがあがってきたらしいので、会話が途切れた。

「二人とももう寝たのかな?」

 シンヤのいびきが返事をした。話をふっておいてなんて速さで寝てるんだ。いや、もしかするとさっきのは寝言だったのか?

「俺は起きてるが?」

 直視しないよう背を向けながら答えた。湯上りのディナーなんて想像しただけで鼻の奥が熱い。もぞもぞと隣のベッドに入る気配がする。クスックスクスッとこらえるように笑っているみたいだ。

「どうした?」

「いや、なんか修学旅行みたいだなーって。」

 世界を守るためじゃなかったらなと言ったら、そうだな、といってまたクスクス笑い始めた。クスクスが最高潮に達したとき、リナが口を開いた。

「アッシュって好きな娘いるのかな?」

 噴いた。

「そっg¥&bふじこx、そういうお前はどうなんだよ」

「ふっふふ〜ん♪ひみ〜つなのな〜。」

 そう言って、なのな〜なのなのな〜♪と適当な歌を歌いだした。

 この赤みがひく頃にはだいぶ冷静に考えられるようになって、目の前に謎が山積みになっていることに気づいた。リアは何者なのか、なぜ竜田なのか、どんな風に世界は終わるのか、シンヤは以前にいつリアにあったんだろう?どうしてリナは急にあんなことを尋ねてきたんだろう?あの含みのある答えの真意は?好きな人はいるんだろうか?そいつに対する俺の勝算は?最終的にリナのことしか考えられなくなったのは、隣から聞こえてくる「なのなの歌」のせいに違いない。

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