サマーバケーション!!〜異世界帰還の終末回避〜

サヨナキドリ

第1話 「空から落ちてくるなら美少女にしろ」

 『あいつ』にもらった翼は好調だった。久しぶりのこの世界へ『神』にこんな役目で呼ばれるなんて思ってもいなかった。

「……終わる?」

 口の中でそう呟いた時、背中の翼も、頭上のリングも、全てが消えた。声も出せないまま、天は遠くなっていった。


 * *


 空から人が落ちてくる。そんなありきたりなシチュエーション大抵の人が経験されていると思う。そんな訳あるか。しかし落ちてくるなら美少女がいい。黒髪の乙女だろうが銀髪のシスターだろうが、愛らしい少女であれば大丈夫だ、問題ない。だが今回落ちてきたのはこの上なく挙動不審な餓鬼だ。その怪しさは見るもの全てにこの男がこの世界に潜入してきたエイリアンであることを確信させて余りある。さっきからきょろきょろ辺りを見回したり、自分の体のあちこちを触ったり、腕時計を見たりしている。実際のところは、制服を着ているのを見るに、恐らく、また飛行研究会が何か失敗したのだろう。そんな部活がこの学校にあるとは知らなかったが。そのうち奴は俺に気づいた。渡りに船といった表情で目を輝かせているが、その前に俺の上からどいてもらえればありがたい。こんな奴と世界の存亡を賭けて旅をすることになるのだから、腐れ縁とは恐ろしい。

「君、名前は?」

「まず降りろ、それから謝れ。」


 * *


 明日から夏休みである以上、今日は形式的な儀礼の日である。ただ、夏休みを迎えるにあたって2つの関門を突破しなければならない。通知表と、進路面談だ。しかも中三である俺たちは、人生最初の大きな決断を迫られる時期なのである。通知表という辛い現実から逃避するために、自然と進路の話題で教室は沸いていた。

「俺はアイドルになるのな」「俺は格闘家」「僕は僧侶になるつもりだよ。」

 職業のことで盛り上がるのはいいが、誰かツッコめ。中央最後列にいる、今朝俺の上に落ちてきたやつ。あんなヤツこのクラスにいたか?

「おいアッシュ!お前はなに目指してるんだっけ?」

 急に話を振られてまごついてしまった。

「…実家を継いで花屋だよ。でなきゃ遊び人。」

 嘘をついた。当然だ。クラス1の落ちこぼれが、勇者と対を成す伝説の職業「魔導龍騎」を目指してるなんて言っても、笑われるだけだ。

 突然「あいつ」が立ち上がって叫んだ。

「え〜、1ヶ月後、この世界は滅びます。命をかけてこの世界を守るカクゴのある人は、今日の夕方、校庭南に集まってください。」

 教室を痛い沈黙が包み込んだ。誰もが唖然としているが、言った本人が一番驚いているようだった。衝撃波が出そうな首の振り方で辺りを見回しているが、失笑の渦につつまれているこの教室に、お前をフォローする奴は居ないから安心しろ。


 数十分後、『神々』が全世界に同じ布告を告げ、運命は急速に回り始める。


 * *


「いつまでついてくるつもりだ」

 ひとしきり混迷を極めた終業式が終わり、下校している俺に奴はまだついてくる。疫病神め。もっともあのパニックに紛れて進路面談が流れたのは僥倖だったが。

「仕方ないだろ。他に行く当てもないんだから。」

 飄々と返されて苦虫を噛み潰していると、突然後ろから肩を組まれた。

「アッシュ。あと転校生?お前らずいぶん仲良いのな」

「リナ。これがそう見えるのか?」

 リナはずいぶん変わった奴で、そこいらの男子より男っぽいふるまいなのに、誰も彼女の『アイドル』という進路希望に異をとなえない愛らしさの持ち主だ。そしてそんな奴に小突き回されている俺を一歩引いたところから生暖かい目で見るのはやめろ転校生。お願いだからやめてくれ。

「じゃあバイト頑張ってなあ〜。あと今度話そうな転校生。」

 揉みくちゃにされた俺とは対照的に明るく手を振りながらリナが言った。活動的に短く切りそろえられた髪が夏の日差しを浴びて、ライトブラウンにきらめいていた。まぶしくて目を細めた。

「好きなのか?あの子が」

「うわぉう!!!」

 こいつの存在をすっかり忘れていた。

「か、関係ねえだろ。」

 奴はハハァンと言って自己完結したらしい。俺の顔が赤くなっている事に気づかなければいいが。

 歩きながら質問は続く。

「名前はなんていうんだ。」

 転校生が訊ねた。

「人に名前を訊くときはまず自分からだろ?」

「俺はシンヤ。お前は?」

 ずいぶん素直だ。

「俺はアッ——」

「知ってる。さっき聞いたからな」

 イラッ。なぜこいつはここまで神経を逆撫でするのか。

「バイトって何やってるんだ?」

「俺か?俺は…」

 仕事場についた。シンヤは絶句しているようだった。

「『鉱山労働者マイナー』だよ。」

 そこにはたくさんの『無』があった。


 * *


 アッシュが言うには『鉱山労働者』というのはけっこうキツいらしい。内容は至ってシンプルで、大きな鶴嘴『創造者の鶴嘴クリエイターズ ピックアックス』を無に振り下ろす。すると少しだけ地面か、川か、空とかが無から出てくる。それを繰り返して1平方メートル広げるのがノルマなんだそうだ。鉱山の隅に手紙の山が出来ていたから、なんなのか訊ねると、たまに無から吹き出してくるらしい。差出人も宛先も不明なんだ、と。

 仕事に一区切りつき、帰る頃には日は落ちかけていた。鶴嘴を担いでいるアッシュに問いかけた。

「この世界は、好きか?」

 少しの間の後、アッシュは口を開いた。

「お前が言う世界の終わりって、『滅亡』のことか?」

 アッシュが言っているのはこの世界の神話のことだ。


 〜他の世界から3人の神が爪弾きにされてきた。一人は現実、一人は運命、一人は破滅。故に世界は『正しき異教徒の贈り物』である。現実が世界を作り、運命と現実が交わり人の子が生まれ、現実と破滅が交わり魔物が生まれた。そして、破滅と運命が交わり『滅亡』が生まれた。それは時が来るまで世の果てにつながれている……〜


 その『滅亡』のことだ。しかし

「違う。もし滅亡だったら焦土は残るだろう。でも今回はそうはいかない。過去も、今も、未来も、空も、大地も、無すら消え去る。そんな気がする」

 夕日が影を長くしていた。

「俺にも、何かできるのか?」

 少しの間の後言う。

「魔導龍騎、2人。格闘王、15人。大魔導、21人。剣士、151人。僧侶、207人。魔導士、210人。遊び人、3人。舞姫、12人。その他732人。何だかわかるか?」

 アッシュの顔に疑問符が浮かぶ。

「今日、世界を守るために集まった人数と詳細だ。」

 疑問符は感嘆符に変わった。

「それなら、俺なんか」

「是非必要だ、力を貸してくれ。」

 数秒の沈黙。やれやれという風にアッシュは頭を掻いた。

「わかった。協力してやるよ。で何すんだ?」

 ああ、テンションが上がるのを抑えきれない。

「よし、じゃあはじまりの森に行くぞ。」


 * *


 興奮した感じでまくしたてるシンヤを見て俺は呆然とした。

「ちょい待ち、どういうこと?」

「世界が消え去るまであと一ヶ月は余裕がある。その間に世界一周するんだよ。」

「俺、まだ無職なんだけど。」

 この辺りの辺境にはいないが、『はじまりの森』を含む中心地『首都』には魔物が出る。職業なしでは太刀打ちできない。

「とりあえずテキトーでいいじゃん。お前は『鉱山労働者マイナー』ってことで」

 そう言ってシンヤは鶴嘴に触った。

「振ってみ?」

 腑に落ちないまま、とりあえず振ってみると、鶴嘴の先から大きめの岩が飛び出した。どうなっているんだ。

「そうだ!ちょっと来て」

 そう言ったシンヤの足元から、見たこともない魔法陣が広がった。

「これは、移動魔法?」

 光に包まれて何も見えなくなった。

 着いた場所はあまりにも身近で、あまりにも意外な所だったので、俺は面食らってしまった。日は既に落ちていた。

「へえ、ここか」

「おい、どうゆうつもりだ?」

「俺も本職は剣士だからさ、回復系がいないのはちと厳しいだろ?」

 反論する俺を尻目にシンヤは大きく息を吸い込んで叫んだ。

「リナさ〜ん。リナさんや〜い。」

 俺は凍りついた。扉が開いて出てきたリナはビタミンカラーのパジャマで眠たそうに目を擦っていた。その組み合わせは破壊力抜群デス。

「転校生と、アッシュかな?こんな時間にどうしたのかな?」

「アッシュと俺でこれから旅に出るんですけど、ついてきてくれませんか?」

「まてまて、首都には魔物も出るんだぞ?そんな危険なことに……」

「大丈夫!」

 シンヤめ、そこまで人のセリフを遮るのが好きか。そんなことを考える間もなく次のことは起きた。シンヤは恭しくひざまずき、彼女の手をとって言った。

「私が、死んでも貴女を護ります」

 もうだめだ。意味がわからない。いろんなことがいっぺんに起こりすぎた。

 アッシュは目の前が真っ暗になった。

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