第8話

「あ、送っていくよ」


 乗り切った。ぼくはへとへとになりながらも今日きょうのことを少しほこらしげに思った。


 ぼくたちは連れだって駅前までの道を歩いていた。サヨは家で留守番をしている。すっかり日の暮れかかった町並みは、犬飼いぬかいさんがいることでとても美しく感じた。


 ああ、良い一日だったなあ。そう思いながら犬飼いぬかいさんのとなりを歩いていた。


「ごめんね」


 だから彼女かのじょがそうあやまってきたとき、とても動揺どうようしてしまったのだ。


「え? な、なにが?」


 こちらに目も合わせず、爪先つまさきを見つめるように歩く犬飼いぬかいさん。すごくんでいるように見えて、ぼくはまたMた動揺どうようした。


 彼女かのじょは思い口を開いた。


今日きょう遊びに来たこと。せっかくの休日をつぶしたこと。秋山君の気持ちも考えずにけたこと。秋山くん、とってもつかれてるみたいだから」


 そ、それはそうなんだけど、それは全然犬飼いぬかいさんのせいじゃなくてあっちのせいなんだよ。


 そんなことは言えないぼくは、でもなんとかして今日きょうの出来事がバッドエンドになってしくないのでアタフタとした。


ぼく口下手くちべただからうまく言えないんだけど。今日きょう犬飼いぬかいさんが来てくれて、いつもてテレビばっか見てた休日が急にはなやいだっていうか。一日中ワクワクしっぱなしっていうか。またこんな日があればスッゴい幸せだなあって妄想もうそうしちゃってるっていうか」


 犬飼いぬかいさんは真剣しんけんな顔をしていた。


「ホント?」


 ぼく犬飼いぬかいさんの表情にドキッと心臓が高鳴った。 


「ほ、本当」


「また来週も来たいって言ったら、うれしい?」


「めちゃくちゃうれしい、です」


「本当に?」


「うん。本当に。ぼくうそが苦手なんだ」


「それは知ってる」


 やっと、彼女かのじょが笑った。



 家に帰ると、サヨちゃんはもういなかった。満足したから成仏じょうぶつしたのか、それともほか親戚しんせきのところに遊びに行ったのか。今となってはわからない。


 たった一日だったけど、とても長い時間を過ごした気がする。


 その日の夜、ぼくは久しぶりに実家に電話をかけた。母親は、四方山話よもやまばなしを永遠とかえしそうだったので早めに本題に入ることにした。


「おばあちゃん、残念だったね」


「おばあちゃんって、さよ子ばあちゃんのこと?」


「うん」


 ぼくがおばあちゃんの話題を出したことに母親はおどろいた声を出した。


「あんたにはまだ知らせてなかったと思うけど」


「虫の知らせで聞いたんだよ」


 なにいってるんだか。母親はそういいながら続けて


「まあ、あのくらいの年になれば仕方ないわよ。手術が成功して本当に良かったわ」


「............手術が成功?」


「そうよ。」


「あれ、ばあちゃんって死んだんじゃなかったの?」


「なにバチ当たりなこといってんのよ。まだまだおばあちゃんはピンピンとしてるわよ。今度遊びにでもいってあげて」


 それじゃあ、あのサヨちゃんはいったいだれ? ぼくは半ば強引ごういんに電話を切った。


 それからぼくは一度もサヨちゃんに会えずにいた。犬飼いぬかいさんとは結構良い感じにいっている。


 あの子がいったいだれだったのか。


 今となってはとんと検討がつかぬのであった。


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幽霊サヨ子 白玉いつき @torotorokou

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