第7話

晃太こうた! 小春がきたぞ!」


 入ってくる時と同じように勢いよく玄関げんかんを開けてサヨちゃんがやって来た。ぼくはその時、コンビニで買っておいた茶菓子ちゃがしと紅茶をテーブルに運んでいる途中とちゅうだった。


「ちょっとサヨちゃん、とびらはもう少しゆっくり開けようって......」


 そんなにバタバタとびらを開けてたら隣近所となりきんじょから苦情が来る。


かたいことゆうな、晃太こうた。ほら、小春を連れてきたぞ」


 犬飼いぬかいさん! ぼくの心臓は一気に鼓動こどうを増した。


 ゆっくりととびらの向こうから、私服姿の犬飼いぬかいさんが姿を見せた。その姿は、普段ふだんスーツ姿の犬飼いぬかいさんを見慣れているぼくにとってとても新鮮しんせんなものだった。


 ぼく玄関げんかんの向こうに犬飼いぬかいさんがいるなんて。幸せ。


「おはよう、秋山くん」


 少しためらいがちに犬飼いぬかいさんは微笑ほほえんだ。


 ああ、休日に犬飼いぬかいさんの笑顔えがおが見られるなんて! 昇天しょうてんしても良い気にさせられた。


「お、おはよう犬飼いぬかいさん!」


 ぼくは少しどもった声音こわねで返事をする。彼女かのじょはまた微笑ほほえんだ。


「ごめんね、せっかくの休日なのに急にお邪魔じゃましたりして」


「とんでもない!」


 むしろ、せっかくの休日が虹色にじいろに色付いたというかなんというか。とにかく、もう幸せです。


晃太こうたも小春もこんなところで話してないで中に入れ!」


 サヨちゃんにかされるように「それじゃあ、お邪魔じゃまします」と、ためらいがちの彼女かのじょぼく部屋へやに足をれた。


部屋へや、キレイにしてるんだね」


 犬飼いぬかいさんはキッチンや居間を見ながらそうつぶやいた。ぼくとしては、さっきまでの苦労がむくわれてよかったと胸をろす。


「小春が来るっていうから、さっきまで一所懸命いっしょけんめいにキレイにしてたんじゃ」


 サヨちゃんはそろっと、余計なことをいう。


 ぼくにらむと、サヨちゃんはベロを出しながら明後日あさっての方向を向いた。


 犬飼いぬかいさんは居室に入る時も一度「おじゃまします」と小さな声で挨拶あいさつをした。


「小春はこっちにすわっていいんじゃ」


 サヨちゃんは犬飼いぬかいさんのそでを引っ張ってソファーへと先導した。一人用ひとりようのソファーだったが、こしの細い犬飼いぬかいさんと小さいサヨちゃんがすわるには十分な大きさだった。


 二人ふたりは仲良くこしかけると、犬飼いぬかいさんが持ってきてくれた映画や小説の話で盛り上がっていた。ぼくとしても話の輪に入りたかったが残念ながら時代劇ものはよく知らない。


 ただ、なんだろう。サヨちゃんとたわむれる犬飼いぬかいさんを見ていると、自然と笑顔えがおがこぼれてくる。これが犬飼いぬかいさん効果ってやつか?


「あっ、ちょっと待っとって」


 サヨちゃんはそういうとそわそわと立ち上がった。そしてキッチンの方にけていく。トイレか? ぼくが思った通り、サヨちゃんは居室のとびらをスリヌケテ出てった。


「............」


 あまりに自然とぼくたちにんでいたので忘れていた。彼女かのじょ幽霊ゆうれいだっていうことを!


「あれ? 今サヨちゃん、あのとびらすりけなかった?」


 犬飼いぬかいさんは目をぱちくりとしてこちらを見ている。


「え? そ、そういう風に見えた? あいつすばしっこいからなー。そういう風に見えちゃったのかな?」


「そう、なんだ......」


 どこかに落ちないような表情の犬飼いぬかいさん。しかし確信は持てていないようだ。ここは犬飼いぬかいさんの見間違みまちがいということで許してください。


ぼくもちょっとキッチンにいってくるね」


 帰りもすりけて入ってくると困るので事前に注意を入れよう。そう思い居室のとびらをスライドした途端とたん、サヨちゃんが部屋へやの中にんできた。


「待たせたのう小春! さっそく映画を見ようぞ」


 間一髪かんいっぱつだった。


 もしぼくとびらを開けていなければ、間違まちがいなくこいつはとびらをすりけて入ってきていた。そうすれば、もう言い訳のしようがなく犬飼いぬかいさんに気付かれてしまう。


 そうなったらぼくたちの関係は終わりだ(そもそも始まってもないけど)。


 なんとしても彼女かのじょにサヨちゃんの正体を知られてはいけない。ぼくはそう決心した。


「おい晃太こうた。これはどうやってつけるんじゃ?」


 サヨちゃんがテレビをいじりながら不満そうにこちらを向く。ぼくあわててテレビに近づいた。


ぼくがやるからサヨちゃんはすわって待っててよ」


「うむ」


 てけてけとけていくサヨちゃんがソファーにすわるのを確認かくにんする。目をはなすと何を起こすかわからない。ぼく素早すばやくテレビの電源を入れると、DVDをみ口にんだ。


 二人ふたりが映画に見いっている間、ぼくはサヨがなにかしないかと監視かんしを続けていた。


 そういえば二人ふたりってすわっているけど、犬飼いぬかいさんは違和感いわかんがないのだろうか。サヨちゃんは幽霊ゆうれいだかられると感触かんしょくがないんじゃないか?


 ぼくの心配を他所に、犬飼いぬかいさんはサヨちゃんの存在に気がつかずに映画を見続けた。

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