第4話

 ぼくなやんでいることを他所に、サヨちゃんはなにやらゴソゴソとあやしい動きをしていた。いったい何をしているのかとのぞむと、ぼくのスマホをいじっていた。


「最近の若い子はよくこんなものをあつかえるのう。画面もすごく小さいし、あつかいづらい」


「ちょ、ちょっとばあちゃんやめてよ!」


「ばあちゃんではない! サヨちゃんと呼び!」


「分かったから返してサヨちゃん!」


『もしもし?』


 なんだかこの場に不似合いな言葉が聞こえてきた。もしもし? ってなに?


 なんだかいやな予感がする。声が聞こえてきた方向は、やっぱいというべきか、ぼくのスマホからだ。


「なんじゃ?」


 サヨちゃんは不思議そうにスマホを見つめた。


「この機械から声が聞こえるぞ、晃太こうた


「ばあちゃんが電話をかけちゃったんだよ!」


 「ばあちゃんじゃない」とさけんでいるサヨちゃんをっておいて、ぼくは急いでスマホを引ったくった。画面には『犬飼いぬかい小春』の文字がかんでいる。


「い、犬飼いぬかいさん!」


 なんでよりによって犬飼いぬかいさんに電話をけるんだよ! ぼくはサにらけた。


『あの、もしもし? 秋山君?』


 まずいまずいまずいまずいまずいまずい......。


 どうしよう、犬飼いぬかいさんに電話をかけちゃったよ!


 犬飼いぬかいさんだよ?


 犬飼いぬかいさんなんだってば!


晃太こうた? どうしたんじゃ? もしもしとゆうておろうが」


「分かってるよ......!」


 お前のせいでこんなにあせっているというのに! サヨちゃんはそんなことには関心がないみたいだ。


「ちょっと貸してみ」


「あっちょっと!」


 ぼく動揺どうようを他所に、サヨちゃんはスマホをうばかえすと「もしもし」と勝手に電話に出てしまった。


『あれ? 秋山君、じゃないよね? どちら様ですか?』


「そうじゃ晃太こうたではない。うちはサヨちゃんじゃ」


 なに勝手に自己紹介しょうかいしちゃってんだよ! ぼくはサヨちゃんの反対側にまわみスマホに耳を二人ふたりの会話を見守った。


『サヨちゃん? あっと、初めまして。わたし犬飼いぬかい小春といいます。それでサヨちゃん。秋山くんは近くにいる? いれば秋山君に電話を代わってもらいたいんだけど』


「それがどうやら電話をしたのはうちみたいなんじゃよ。間違まちがって通話ボタンをしてしもうたらしいんじゃ」


『あ......そうなんだ。秋山君からじゃなかったんだ......』


 なんだか犬飼いぬかいさんのテンションが低くなったのは気のせい?


「すまんなあ、小春ちゃん。晃太こうたが電話に出るのいやがってるみたいだから......」


 そんなわけないだろ! それからすんなりと犬飼いぬかいさんの名前を呼ぶな! 再度スマホをうばかえすと「もしもし、あの、秋山です!」少し裏返った声で返事をした。


『あ、秋山君。ごめんね、なんだかお邪魔じゃましちゃったみたい』


 ああ、犬飼いぬかいさんが電話の向こうにいる。ぼくは感無量になった。て、それどころじゃなかった。


「じゃ、邪魔じゃましたのはこっちの方だよ! うちのサヨが迷惑めいわくかけちゃってごめん!」


『ううん、大丈夫だいじょうぶ。サヨちゃん、可愛かわいいね。妹さん?』


「ち、ちがうんだ。えっと、親戚しんせきの子! 今朝けさからうちに遊びに来ててさ。朝から外に連れてけってうるさいんだよ」


 サヨはうるさくないぞ! そんな声は無視をした。


『ふふっ、そうなんだ。サヨちゃんのあの口調は時代劇か何かの影響えいきょうなのかな?』


 犬飼いぬかいさんが笑ってる! ぼくはサヨちゃんに向かって親指を立てた。サヨちゃんは怪訝けげんそうにこちらを見るけど。


「そうなんだよ。あいつ、時代劇物に目がなくてさ。マネしちゃっていっつもああゆう口調になっちゃうの」


わたしも好きよ、時代劇。『あばれん坊将軍ぼうしょうぐん』とか『剣客けんかく商売』とか、映画で言えば『雨あがる』とか......』


 やばい、犬飼いぬかいさんが何を言ってるのか全然わからない。あばれん坊将軍ぼうしょうぐんくらいは聞いたことあるけど。


「うちもあばれん坊将軍ぼうしょうぐんとか好きよ」


 先程さきほどと逆で、ぼくの反対側にまわったサヨちゃんが犬飼いぬかいさんに話しかける。


『そうなんだ! わたしね、時代劇がとっても好きだからDVDとか買って持ってるんだよ』


「それはすごいのう。デーブイデーはサヨには難しくてうまく使いこなせんのじゃ」


 二人ふたりはそれから、なぞの暗号を送り合う秘密機関のごとく、時代劇ものの信号を送り合った。いつのまにか、またぼくの手からスマホがうばわれているし。


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