第3話

  ○


 ぼくの目の前に現れた幼女の幽霊ゆうれいは、名をサといった。


 サぼくのおばあちゃんであるらしい。こんなに幼くなってしまったら事実かどうかもわからないけど。


 サはプカプカとくのを止めて机の回りをうろうろし始めた。食べ物がめずらしいのか、昨日きのうの食べかけのパスタをじいっと見つめている。


「でも、ぼくのおばあちゃんはまだ生きてるんですけど」


「それはお前さんの父方のおばあちゃんじゃろ。うちが言ってるのは、お前の母方の方じゃよ。九州じゃし遠方じゃったから滅多めったに会えんかったが」


 間髪かんぱついれず、サは答えた。


旧姓きゅうせい涌井わくい洋子はうちが生んだんじゃ!」


 ぼくの母親の名前をさけびながら、ない胸を反らしてサは満足そうにそういった。母親の名前も旧姓きゅうせいも知っているということは、やっぱりサぼくのおばあちゃんなのだろうか?


 しかし、そんな体でよくめたな。母親小さすぎだろ。いやそっか、昔は体が大きかったのか。ややこしい。


「ああ、かあちゃんのほうね。そういえばかあちゃんのばあちゃんには長いこと会ってないなあ。そっか、死んじゃったのか」


 サはガクッとうなだれた。


「お前に会えなくてうちはさびしくしてたんよ」


 サは気を取り直してたたみこしかけると、テーブルにおいてあったパスタを手でつまみ口に運んだ。「おお、うまい」それから、飲みかけのコーラをごくごくと飲み干してしまった。


「パスタ食べれるの? コーラ飲めるの?」


「年寄りあつかいするんじゃない。ばあちゃんだって、炭酸飲料くらい飲めるわい」


 いや、そういう問題じゃないんだけど。まあいいか。こんな会話をしているが、果たして彼女かのじょの話を信じていいものか、ぼくなやんでいた。


「むむ、その顔はまだ疑っているようじゃな」


「いや、おばあちゃんを疑っているというよりは自分が信じられないというか......」


 こんな幻覚げんかくを見るまでつかれていたとは。今度慰安いあん旅行に温泉でもいこうかしらん?


「それより晃太こうた。うちのことをおばあちゃんと呼ぶのはやめんしゃい。こんなピチピチな体でおばあちゃんと呼ばれとうない」


 なんか、色々とツッコむところがあるようなないような。


「うちのことはサヨちゃんと呼びんしゃい」


「はあ......」


 それにしてもまさかおばあちゃんのことをちゃん付けで呼ぶ日が来ようとは。あ、もうすでにちゃん付けで呼んでたっけ。


「それじゃあサヨちゃん。サヨちゃんはどうしてぼくのところに現れたの?」


「なんじゃ、そこから説明せないかんのか?」


 さよちゃんはあきれたようにため息をついた。


「昔うちに来てくれたときにデートしてくれるっていう約束したじゃろうが」


「......デート?」


 ぼくは思わず頓狂とんきょうな声をあげてしまった。わざわざそんなことのために地獄じごくからもどって来たのか? 地獄じごくかどうかは知らんけども。


「そうじゃあ。晃太こうたとのデートをうちはずっと待ち望んでいたんじゃ」


「ごめん。ぼくデート約束なんてしたっけ?」


「まあ、晃太こうたがこーんなちっこい時だったからのう。覚えてないのもムリないわな」


 サヨちゃんは手を上げてぼくの小ささを示した。今のばあちゃんに言われると、とんでもなく小さいころのように見えるんだけど。


 サヨちゃんはパクパクと茶菓子ちゃがし頬張ほおばりながらそういった。てか、やっぱり食べられるんだ。どうなってるんだろう?


「デートって言ってもなあ......」


 おばあちゃんが楽しめるデートコースっていうのはいったいなんだ?


 水族館なんておたがい楽しくないだろうし。だとしたら温泉めぐりとか?


 近所の老人会めぐりとかも喜んでくれるのかな?


 いかんせん三倍も年のはなれた人とのデートなんて考えたこともなかったから、どんなデートにすれば良いのか想像がつかない。


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