点P

コスギサン

第1話


 退屈である。

 三角に並べられた線の上を、進む、進む、進む。もう何度周っただろうか。線も点も、俺以外の全ては動かない。俺はすっかり見慣れた景色の中で、あるはずのない変化を探す。図形を変えても道のりが変わるだけ。俺から見える景色には変化がない。

 それぞれの頂点を見て回る。相も変わらず同じ場所で佇む彼ら。彼らは動けない。動ける自分がここまで退屈なのだから、彼らはその比ではないだろう。


 俺は線上に寝転がる。そしてふと異物が紛れ込んだことを悟る。侵入者だ。



 そいつは俺を一瞥し、次に図形内を見渡した。おそらく17か18くらいだろうそいつと意思の疎通はできない。俺は言葉を伝える術を持っていない。

 俺が未知との遭遇に何もできないでいると、そいつは俺の方へ顔を向ける。そして次の瞬間、俺を捕らえた。

 これが俺とヤツの出会いだった。



 どうやったのか一瞬にして目の前へ移動したヤツは満足そうに口角を上げる。不意打ちの先制攻撃を仕掛けられた俺は少しの憤りと高揚感を覚えながら、ヤツの挑戦的な笑みに同じものを返す。俺は負けず嫌いだ。ヤツを試してやることにした。



 俺は図形を変えた。

今度はどうだ。前より速度を上げた俺はヤツの方へ目をやる。一体何のためかは分からないが、ヤツの目的は俺を捕らえることのようだった。

 ヤツは少し何かを考えるような素振りを見せた後、またしても俺の目の前に現れた。ほう、まだついて来られるか。俺は更に図形を変える。



 さて次はどうだ。図形が複雑になっただけでなく、俺は移動中速度を変えるようになった。一筋縄ではいかないだろう。

 ヤツは図形内を見渡し、また何かを考えているようだった。今度の沈黙は先程よりも長かった。お手上げか?俺は煽るように速度を変える。

 しかしその直後、やはりヤツに捕らえられてしまう。どうやらヤツはどんな術を使ったのか、俺の行く先を予測しているようだった。



 俺は本気でヤツを負かしたくなってきた。俺は二つに分裂する。今度は二つの俺と一つの頂点。その三つを結んだ面積を捕らえなければならない。当然二つの俺は違う速さで移動する。ヤツは頭を抱えた。

 悩め悩め。俺はいつまでも待つぞ。俺はこの頃にはもうすっかりヤツとの時間を楽しんでいた。


 しばらくして、ヤツは俺の位置とは少しズレた場所へ移動した。初めてヤツが俺を捕らえ損ねた。漸く出会い頭にもらったジャブを返してやった、そんな気持ちだった。

 ヤツは眉をしかめて最初の位置へ戻り、また頭を抱えるのだった。時間がかかりそうだ。俺は線上に大の字になる。


 しかしさすがはヤツだ。次の移動でやはり俺は捕らえられてしまうのだった。これでもダメか。強敵だ。俺はいよいよ後がなくなった。



 俺がヤツに出した最後の挑戦状。それは平面を立体にすることだった。


 三角形を縦に、伸ばす。三角柱が出来上がる。そして俺は向こうに見える二本の線の適当なところに点を定め、自身と結び立体の中に三角の面を作る。

 もう分裂なんて小癪な手は使わない。正々堂々、動くのは俺ただ一つ。だが今度は底面から俺と接する三角形までの体積を求めなければならない。移動できる範囲は制限されたが難易度は一気に上がる。

 これで捕まったら素直に負けを認めよう。俺は線上を動きだした。


 ヤツが移動するまでにはかなりの時間を要した。だが何度移動しても、俺という体積を捕らえることはできなかった。俺は満足げに彼を見下ろした。



 だがヤツも諦めが悪い。何度間違っても諦めなかった。なぜそこまで必死になるのか。俺を討ち果たすことがそんなに重要なことなのだろうか。



 ヤツの移動回数が二桁になろうとしていた時、不意にヤツが目を見開いた。そしてこちらに顔を向ける。ヤツと目が合う。何かに気づいたようだ。

 そしてヤツは俺を捕らえる。俺は負けた。



 負けても俺はヤツとの時間を終わらせたくなかった。ここまで楽しい時間は初めてだ。俺はまだまだヤツと遊びたかった。


 しかしヤツは他にもやることがあるようだった。急いでいる。俺に意思を伝える術がったら、俺が言葉を話せたら、ヤツを引き止められたのに。名残惜しむ俺を他所に、ヤツはさっさとどこかへ帰ってしまった。

 ヤツが再び侵入してくることはなかった。





 あれから長い時が過ぎた。退屈、あれだけ俺を苦しめたその感覚さえも俺は忘れかけていた。どれだけ図形を変えても、どれだけ速く移動しても、俺を捕らえようとする者はいない。その自由は俺には随分寂しかった。


 俺以外の点はただ静かに佇むだけ。彼らを通り過ぎて俺は線上を進む。これから先もこんな時間が続くのだろうか。もう俺が線上を駆ける意味はないのかもしれない。




 動くことをやめ、俺も彼らの一つとなろうとしていた頃、懐かしい感覚が俺の意識を呼び戻した。侵入者だ。

 久方ぶりのその感覚に喜びを覚えながら、今度はどんなもてなしをしてやろうかとその場所へ急ぐ。



 ヤツは随分見た目が変わっていた。そのあまりの変化にヤツだと認識するまでほんの少しの時間を要した。それでもあの挑戦的な笑みだけは相変わらずだ。またヤツと遊べる。


 俺は全力で線上を駆けた。ヤツならこの程度は一瞬で捕らえられるはずだ。俺は振り返る。

 ヤツは、動かなかった。それどころか図形の外に、あろうことか腰を下ろしたのだ。もう俺を捕まえないのだろうか。


 俺がヤツを訝しんでいると、後ろから何者かが俺を捕まえた。どうやら侵入者はヤツだけではないらしい。俺はそいつの姿を捉える。


 なんだ、まだ子供じゃないか。当時のヤツよりも幼い。童、その肩書きがよく似合う、そんな子供だった。

 そうか、ヤツも大人になったらしい。


 ヤツは自信に満ちているような、それでいて不安を感じているような、そんな顔で俺たちを眺めている。

 俺は童の挑戦を受けることにした。彼もまたヤツによく似た、挑戦的な眼差しをしていたから。



 お手並み拝見といこう。まずは移動速度の変動から試すか。童は次の試練は何かと目を輝かせている。ワクワクするだろ?俺もだ。

 図形を変えて俺はギアを上げる。


 俺は線上を駆けだした。




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