学会 世にこたつのあらんことを!
「君の突拍子もないアイデアが、こんな大事になるなんてね」
会場の舞台袖で、レイラ教授が笑う。
「本当ですよ」
対する僕は、緊張で引きつった笑顔をするのが精一杯だった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫さ。やらかしたって、死ぬわけじゃないんだ」
死ぬわけじゃない。
そりゃそうだけどさ。
そう言えば、こたつ作りでは何度か死にそうな目に遭った。
それに比べれば、確かに大したことないのかも知れない。
ビリムエルはシュレ=エコルの最も大きな会場を貸し切って、五日間に渡って行われる最大の学会発表会だ。
様々な分野の専門家が一堂に集うその中で、僕はなぜか特殊生体生物学の分野で発表を行わないといけなかった。
なぜかって?
使っている素材が特殊過ぎるからに決まってる。
一つ前の発表が終わりを迎える。
いよいよ、僕の番だった。
ライトに照らされた舞台に立つ。
広すぎる会場の視線が僕に集まっているのを感じた。
「こんにちは」
僕の第一声が、マイクで拡声されて、会場に響く。
大丈夫だ。
ここはファサガラ山より熱くない。ルワヌボワのようにヤヴルロブロが大量にいないし、ドラゴンの影もなければ、未開の島でもなかった。
「僕の転生前世界にはこたつと言う暖房器具がありました。これを、この世界で、自分の力で作れないかと考えたのが、今回の企画の出発点となります。」
我ながら、よくわからない出発点だ。
「突飛な思い付きから始まった、こたつ作りは、僕の想像を超えて、様々な人と物の協力と、非常な幸運に恵まれて、完成に至りました。先ずは、その使用者の声を聞いてもらいましょう」
結果から言えば、僕の発表はそれなりに好評で終わることができた。
無数の質問の雨をなんとか掻い潜ってね。
学会に向けて、こたつに使った素材の性能面での評価を改めて行ったおかげで、質問の雨に耐えることができたんだ。
ヤヴルロブロから作った布の保温性とか、ドラゴンの鱗の断熱性、ロシュティオの抜け殻の遮魔性。少なくとも、特殊生体生物学の研究者が聞きたかった部分はここだっただろうからね。
僕が自信を持って言える事があるとすれば、これらの素材は、こたつに用いるって面に関してはおおよそ完璧だったって事だ。
それは、使用者の声が示していた。
彼らの感想はこたつって言う、未知の暖房器具を身近に感じて貰うために、とても有用だったし、発表の後に行われたエキシビションでも、こたつの魅力は遺憾なく発揮されたからね。
さて、学会で一回目の発表が終わった。
一回目?
そう、一回目だ。
特殊生体生物学分野だけじゃなくて、デザイン工学の分野でも僕は発表することになっていた。
レイラ教授の素敵な計らいでね。
いや、余計な事をしてくれたとか、全然思ってないよ。本当に。
特殊生体生物学での発表の翌日、デザイン工学での発表が行われた。
なんか、こっちの方が質問が厳しかった気がするけど、たぶん気のせいだと思う。
なんにせよ、僕の仕事はこれで全部終わった。
肩の荷が下りるってこの事だって、実感したんだ。
学会が終わって、少し後。
ある企業から、こたつの設計に関する利用許可を求める連絡が入った。
許可もなにも、僕が考えた設計じゃない。
それに関して、僕は著作権を主張しないし、誰でも好きに作ればいいって返答をした(ついでに、質問にはいくらでも答えるって)。
この結果がどうなるのか、今の僕にはわからないけど、こたつっていう素敵な製品がこの世界でもポピュラーになって、生活の一部になるといいって思う。
少なくとも企業は僕の返答に対して、かなり乗り気だった。
忘れそうだけど、僕のこたつ作りの出発点は、こたつの魅力をこの世界に伝えることだったからね。
だから僕はこたつを作ったんだ!
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