学会準備 ビリムエルに向けて

 学会での発表は年をまたいで、春先に決定した。

 しかも、最も大きなビリムエルって学会。

 正直、頭が痛い。

 そんな場所で、進級試験でボコボコにされた僕が同じ題材で発表をしないといけないなんて、死刑宣告に近いものがある。

 少なくとも、試験の時みたいなアプローチじゃ負けが見えてた。

 素材入手の手段とか、その特殊性は強みだけど、それだけじゃ足りない。

 なにより足りなかったのは、こたつを作る事に対する必然性だった。

 必然性もなにも、切羽詰まった学生の思い付き以上の理由は元々ない。

 でも、僕に理由がなくてもこたつには理由があるんだ。

 その為に必要なのは、使用者の声だった。


 デザイン工学科の共同スペースにこたつの為のブースを作って、そこでおよそ一ヶ月、実地試験を行ったんだ。

 最初、見慣れない床座様式の暖房器具に抵抗があるのか、利用者は少なかった。

 ただ、一週間を過ぎた辺りから、ヘビーユーザーが現れだした。

 いつ見に行ってもこたつに入ってるって感じのね。

「一度入ったら最後だな。出られなくなる」

 これはそんなヘビーユーザーの内の一人のコメントだけど、これが最も適切にこたつの魅力、いや魔力を表していると思う。

 こたつは温かい。

 暖房器具なんだから言うまでもないけど、この温かさは例えば暖炉とか、他の室内暖房のような温かさではなくて、僕たちの身体の芯を包み込むように温めてくれるものになる。

 これが、先ず、抗いがたい快感だ。

 その上、この温かさに、ゆったり座ったり、なんなら寝転んだようなリラックスした状態で包まれることができる。

 この魅力については想像に難くないと思うよ。冬の朝、毛布から出たくないって経験がきっと誰にだって一度はあるはずだ。

 毛布を持ち運べたらって。

 こたつは、居間にいながら、毛布よりも柔軟に、その快感を僕たちにくれる。

 更に、テーブルの上に飲食物を置くこともできてる。

 これが凶悪なんだ。

 だって、こたつから出る必要がトイレ以外になくなっちゃうんだから。

 手を伸ばせば、食べ物も飲み物もそこにある。

 一日の大半を、こたつの中で過ごす事ができてしまう。

 転生前、こたつに入って、気が付けば一日が終わってたって経験を何度したかわからないくらいだからね。

 そんな、最強の暖房器具がこたつだ。

 およそ一ヶ月の実地調査が終わるとき、撤去に反対する運動が起こったくらいには、こたつはデザイン工学科のみんなに好評だった。

 以下は、教授達のコメントになる。

 

「僕が間違っていたようだ。床座形式の生活様式を取り入れる利点はこたつで事足りていたね」

「論題が多少ずれようとも構わない程度には、有用な暖房器具のようだ」

「なんてことだ! 僕の転生前世界にこたつがなかった事をこんなに恥じることになるとは。発展的だって? これは一つの到達点に決まってる」

「完成した物を見せてくれたことは評価しよう。しかし、一つクレームがある。この製品のおかげで、特定の生徒の作業効率が著しく低下している。撤去が決定してからは、自作しようという者が出る始末だ。これに対する解決策も提案してくれ」

 だいたいこんな感じ。

 身内びいき込みだとしても、うれしいコメントだった。

 ちなみに、こたつ依存に対する解決策は、強い意志くらいしかないんじゃないかな?

 得られた多くの使用者の声で、こたつという暖房器具を作る理由が生まれた。

 あとは、これをまとめるだけの力量が僕にあるかって話だ。

 学会に向けてのレポート作りが、本格的に始まった。

 ビリムエルまであと一ヶ月。

 こんなに真剣にレポートをまとめたことは無かったと思う。

 

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