金属 未開の島で

 その島に道と呼べるような道はなかった。

 鬱蒼とした手付かずの盛りと、草木の一本も生えていない干上がった捌くと、未だに底の知れない穴のような湖が不自然に同居する島。

 この世界、最後の秘境にして、人知の届かない神域、未開の島ナデユル。

 なぜか、僕はそこに居た。

「一度は来てみたかったんだのよ」

 右隣にはどういうわけか付いてきたクノン。

「二人分の護衛だとかなり高くなるぞ、払えるのか?」

 左隣には冗談っぽく笑うソラ。

 この姉妹が一緒に居るって事は、十割魔物関係なんだけどね。

 クノンに相談したその日、言われた通りにソラに頼ったら、あっという間に話が固まって、一週間にはナデユルに出発になった。

 驚くべきフットワークの軽さだ。

 タイミングが良かったって言うのもあったけどね。

 丁度、ファサガラ山での調査が終わった所で、その護衛をしていたソラの予定が空いてたし、クノンの忙しさも一段落した所で、ナデユルの上陸許可も珍しくすんなりおりた。

 そういうわけで、僕たちはナデユルに居た。

 当然のように特定保護地域に指定されているこの島には多くの固有種が存在する。

 今回の目的、ロシュティオもその中の一つだ。

 より正確に言うなら、ロシュティオそのものじゃなくて、その抜け殻が必要なんだけどね。

 クノンには珍しく、今回は初期から目的をしっかりと説明してくれたんだ。

 ロシュティオは四足歩行の中型の魔物で、物音一つ立てず獲物を狩るアサシンめいたハンターだ。

 目撃例すら少ない、ナデユルの固有種で、あまりデータのない未知の魔物。

 発見されたのもここ数十年の間って話。

 その最大の特徴は、なぜかカリマを少量だけど皮膚に含んでいること。

「自分のマナが外に出るのを防ぐことによって、隠密性を高めているって推測されているわ。このためにロシュティオは自発的に鉱物を食べるらしいけど、鉱食性ってわけじゃないみたいね。本来の食性は肉食性らしいって報告があるわ」

 かなり高めのテンションのクノンだけど、今回ばかりはデータが少なくて、解説も短めだった。

 当然だけど特定保護地域の魔物を狩ることは自衛以外では認められていない。

 ただ、抜け殻とかについては研究目的で許可を得れば持って帰る事ができるんだ。

 運良くロシュティオは脱皮をする生態があるらしい。

 僕のこたつ作りは、ドラゴンの鱗の一件で「学術的」って話になってたから、その許可も出やすかったみたい。

 そういうわけで、今回の目的はロシュティオが脱皮した後の抜け殻を探す事。

 問題があるとすれば、抜け殻の発見例はかなり少ないって事。

「仮説としては、ロシュティオが脱皮した後の抜け殻を食べているんじゃないかってのが有力ね。そもそもナデユルでもカリマは希少な金属だから、また鉱石を食べて獲得するよりも、抜け殻を食べた方が楽でしょうし」

 それって、大問題じゃない?

「その仮説が正しいとするなら、抜け殻が見付かっている事の方が不自然って事になるわ。少数でも発見例があるんだから、抜け殻を食べるって仮説が間違っているのか、食べない条件がなにかあるのかって所ね。見付けられたら、少し面白い発見になるかもしれないわ」

 クノンはすっごくやる気だった。

 重ねて言うけど、彼女の専門は魔物言語研究であって、生態研究でもなければロシュティオでもない。

 たぶん、心底魔物が好きなんだ。

「まぁ、あれだ、抜け殻見付からなかったら、ロシュティオ狩っちまえばいいだろ」

 対して、ソラはかなりラフにそんなことを言って、クノンから怒られてた。

 口では冗談を言いながらも、ライフルを構える身体は常に周囲に気を張っていて、普段からは考えられない緊張を感じる。 

 ある意味対局とも言える、魔物のプロフェッショナル二人に挟まれた僕は、ただただ森の歩き難さに苦戦してた。

 辺りからは常に魔物の気配が濃厚に感じられて、ここが人間の領域じゃないことを知らせている。

 ソラから離れた瞬間に僕は狩られてしまうような気がした。

 そんな恐怖を抱きつつ、森の中をひたすら歩いて、初日の探索は終わったんだ。

 ナデユルではキャンプを張る事すら禁止されてる。

 その生態系を極力壊さないようにするためと、僕たちの命を守るため。

 そういうわけで、この島で唯一人工物が存在する船着き場まで戻らないといけなかった。

 船着き場には一応宿泊施設があって、ナデユルで活動する人間は全員ここに泊まる事になる。

 この時は、僕たちの他には研究者はいなかったけどね。

「ついてるな、全室使い放題だ」

 ソラはのんきにそんなこと言ってたけど、それってつまり、僕たちになにかあっても、それを知る人は誰もいないって事じゃない?

 ロシュティオの抜け殻が見付かるかよりも、僕たちが無事に帰れるかの方が心配になってきた。

 

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