金属 マプラエジの技師

 アイザ鉱山から戻った翌日。

 デザイン工学科の工作室にソアラちゃんと僕はいた。

 僕たちの目の前には前日採ってきたばかりの鉄鉱石。

 ソアラちゃんの手元には、図書館から借りてきた魔道書が握られていた。

「だいたい理解したわ」

 その魔道書を少し読んで、彼女はそれを閉じる。

「無理しなくてもいいからね」

「この程度、問題じゃないわよ」

 僕はこの時、マプラエジでの技師って仕事がどんなものを意味するのか、まるで知らなかったんだ。

 下準備として、ソアラちゃんは大きな紙に魔術式を描き始めた。

 簡単な術式ならなんとかわかるけど、このレベルになると、なにがなんだかまるでわからない。

 描き終わった術式の上に鉄鉱石を乗せて準備は終了。

 ソアラちゃんの詠唱が始まる。

 魔法冶金は術式と呪文式の複合魔法なんだ。

 鉄鉱石が部分的に鈍く光り始める。

 その状態が、見た目の変化がほぼないまましらばく続いた。

 余りに変化のないその状態は一見すると、失敗かもしくは、上手くいかなくて停滞しているように見えた。

 何度、「無理ならいいよ」って言おうと思ったかわからない。

 それをしなかったのは、ソアラちゃんがかなり集中した様子で魔法に向かい合っていたのと、口を挟むと絶対怒られると思ったから。

 ソアラちゃんが諦めるまでは、させてみた方が無難ってね。

 そんな僕の考えはまるで的外れだったんだけど。

 ほぼ変化のないように見えた鉄鉱石が明確な変化をしているって気付いたのは、この魔法が終盤に近付いた時だった。

 鉄鉱石の色が、全体的に変わっていたんだ。

 茶色から、なんだか銀色っぽく。

 そして、最終段に至っては、変化に気付かない方が無理だった。

 完全に銀色になった鉄鉱石から、その銀色が、まるで液体のようにこぼれ落ちる。

 なんて表現すればいいかな……例えば、氷が溶けるみたいな感じ。

 水と砂でできた氷が溶けて、水が流れて集まって、砂だけが残る。

 うん。たぶん、僕が見た事を表現するなら、これが一番近い気がする。

 この魔法の場合、水に当たるのが鉄で、砂がそれ以外の不純物だった。

 魔法が終わったとき、紙の上には綺麗な金属とそれ以外の残りカスが、綺麗にわかれて置かれていたんだ。

 それは、まるで奇蹟のように思えた。

「どうかしら?」

 得意げなソアラちゃんに、思わず僕は拍手したくらいだ。

 科学的な方法だと、何段階も経てようやくたどり着ける段階に、魔法冶金は一度でたどり着いてしまう。

 行われた反応は、鉄の還元、精製、分離、そして抽出。

 これらを、鉄そのものを操作することで行ってしまうと言うのが魔法冶金だった。

 効率って面を考えると、最高に思える。

 でもそれはあくまでも、個人使用を前提とした話で、工場レベルだとやっぱり主流にはなり得ない。

 ただ、こういう方法を採ってる工場も存在するにはする。

 例えば、マヒルソ製鉄所は世界的にも珍しい魔法冶金を主体とした製鉄所だ。

 製鉄所って言っても、破砕機も巨大な炉もないここでは、常時三十人以上の魔法冶金に精通した魔術師が、最高効率で最高品質の鉄を精製している。

 人数が増えれば、個人に依存する割合も減るって事だね。

 環境負荷的な側面からも、魔法冶金は近年再注目されているんだって。


 無事に鉄が手に入ったわけだけど、流石に今回、僕はなにもしてなさ過ぎる気がした。

 だから、「形成までしましょうか?」ってソアラちゃんの甘美な提案は敢えて断って、そこくらいは自分でしようと思ったんだ。

 熱して、叩いて伸ばす。

 これくらいなら、僕でもなんとかできるからね。

 おかげで、フレームはめちゃくちゃ歪になったし、僕の腕はパンパンになったし、この作業は思ったより大変で二週間も使う事になったんだけど。


 ところで、ここで僕の勘違いを一つ訂正しておこうと思う。

 マプラエジの技師って仕事についてだ。

 僕はなんとなく、機械を直したりするような修理屋みたいなものをイメージしてた。

 つまり、素人ではないけど、プロフェッショナルではないって思ってたんだ。

 マプラエジって世界が魔法の発達した世界って事くらいは知ってたから、機械の代わりに魔法を直す仕事かなってね。

「だから、あんなに心配していたのね」

 僕のイメージを聞いたソアラちゃんは得心がいったように笑った。

「確かに魔法を修正するっていうのも、業務にはあったけれど、技師の主業務は魔法を創ることよ」

 魔法によって社会が回っている世界マプラエジで、その社会を回すインフラとかその他の、科学が発達した世界で科学技術で賄われている役割を担う魔法回路を創って、管理する。それが、技師って仕事だった。

「転生前手がけた一番高度な魔法は街全体の水流管理だったかしら」

 つまり、プロフェッショナル中のプロフェッショナル。超一流の魔術師だったってわけ。

 そりゃ、この程度、問題じゃないって話だ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る