断熱材 ソレとの邂逅
ドラゴン。
学名、プロクスティオ=ウィラード。
成体の体高は四足状態で、羽を含めると三メートル。二足状態では五メートル。全長は六メートルに及び、全身を厚い鱗で覆われる。
この鱗は断熱、耐火性に優れ、外部温度を殆ど体内へと通さない。
生息域は主に高山地域であり、凍てつくような雪山や灼熱の火山であっても、問題なく活動する。
食性は肉食であり、大型の哺乳類を好んで食べる傾向にある。
非常に高い知性を持つことが知られ、独自の言語を用いての会話も確認されている。
絶滅危惧一類及び、特定危険生物特一類。
それが、頭上に居た。
地面に大きな影を落として、巨大な羽を広げ、滑空するように少しずつ高度を下げて飛んでいる。
「嘘……」
信じられないようにクノンが呟いて、僕は早々に死を覚悟した。
シュレ=エコルの学生二名、ドラゴンに食べられ死亡。
明日の新聞の見出しはこれだって所まで、思い付いて、我に返る。
「クノン、逃げるよ!」
声をかけた僕の幼馴染みは、あろうことかバックパックを広げて、中から分厚い本を取り出していた。
「クノン?」
「こんなことある? 本物のドラゴンよ!」
忘れてたわけじゃないけど、僕の幼馴染みは魔物狂いなんだ。
他にも色々な物を取り出して、準備して、クノンは立ち上がった。
そして、空に向かって、正確にはそこを飛ぶドラゴンに向かって叫ぶ。
「ふぁもあぬゆせなういるむぬめふぁらあ」
いや、なんて言ってるか全然わかんなかったし、これが正しいわけじゃないんだけど、なんか、こんな感じの言葉だったと思う。
それに、ドラゴンも応えて、声を上げた。
クノンは素早く本をめくって、それに対してまた、叫ぶ。
そんなやり取りが何回か続いた。
幼馴染みがドラゴンと会話する光景が見られるなんて、思ってもみなかった。
できれば、見たくなかったけど。
「来るわよ、身を屈めて!」
どこでドラゴンとの会話が終わったのかわからなかったけど、クノンが人間の言葉で僕にそう言った。
「なにが来るの?」
「決まってるでしょ!」
その光景は、ある意味、絶対に忘れられないものになった。
頭上高く、ドラゴンは羽を力強く羽ばたかせて、舞い上がる。
押された空気の余波が、僕たちの頬を震わせた。
高度を稼いだドラゴンは、翻り、羽を畳むと、一本の巨大な槍のようになって、急降下する。
回転しながら向かってくるドラゴンに、僕は目を瞑る事すらできない。
地面に、つまり僕たちに、当たる直前で、ドラゴンは羽を広げて、空中に止まる。
空気を捉えた羽が、大きくたわみ、少し遅れて地面に突風が吹いた。
「なんたらかんたら」
クノンがドラゴンに言う。
ドラゴンが短く返事をして、地面へと降り立った。
圧倒的な巨躯と、規格外の力強さ。人々がドラゴンを最強の魔物って位置に置く理由がわかった気がした。
僕に関して言えば、気を失っていないのが奇蹟だ。
クノンとさらに言葉を交わしてから、ドラゴンは地に寝そべって、目を閉じた。
まるで、僕たちなんて取るに足らない存在とばかりに、ドラゴンは寝息を立てる。
「……クノン、僕たちは晩餐になるのかな?」
「なに、バカなこと言ってるの、鱗を拾って帰るわよ」
「いやいや、流石に寝てるからって、鱗を剥ぐのは無理だよ!」
「そっちじゃないわ、さっき見てたでしょ、鱗落とし」
「え?」
「散らばってるから、それを拾って帰るわよ」
なにがなんだかわかんない。
けど、クノンが言った通り、ドラゴンが降りた周りに、鱗がいくつも落ちていた。
一枚が二十センチほどある鱗は、黒より少し薄い色をしていて、見た目よりも随分軽かった。
万が一にも、ドラゴンを起こして、ご飯になっちゃわないように、すっごく慎重に鱗拾う。
生きた心地がしないってのは、こういうことを言うんだと知った。
クノンは逆に生き生きしてたけどね。
僕のリュックに入りきれないほどの鱗を手に入れて、僕たちはモナタ高地を後にした。
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