断熱材 笛の音は草の根をわけて
お昼ご飯を食べ終わった僕たち(と言うよりクノン)は、軽いフィールドワークを始めた。
クノンが言ったことが本当だとするなら、ここにドラゴンが居たのは二十年も前の話。
草で覆われた高地は、一見するとその痕跡なんかなにも残っていなさそうだった。
それでも、クノンはそんな草の海から、ドラゴンが食べたであろう動物の骨とか、爪でできたかもしれない深い溝とか、いくつかのそれっぽい痕跡を探し当てた。
「ないわね」
それでも、満足はしていないみたいだ。
「なにをお探しで?」
「鱗。ファムに付き合って貰ったから、せめて、鱗の一枚でもあればって思ったけど、ダメね」
「僕と鱗になんか関係あったっけ?」
「断熱材、探してるんでしょ? ドラゴンの鱗は昔は断熱材として使われてたのよ。どちらかと言えば耐熱材としてだけど」
「へぇ、それは知らなかった」
「だから、見付かったら、あげようと思ったんだけど、流石に既に持ち去られた後みたいね」
「二十年も前だと、そうだよね」
「二十年ね……。私の仮説が正しければ、一つくらい、あってもよかったんだけど」
「クノンがそんなこと考えてくれてたなんて、意外だったよ」
「最後に一つだけ、試してもいい?」
僕の返事を待たずに、クノンはバックパックから、変な形の手の平大の石を取り出した。
それを、躊躇うことなく口元に持って行く。
よく見るとその石には、笛のような穴が空いていて、そこに口をつけて、クノンは息を吹き込んだ。
なんて言っていいのかわからない、高音と低音が一緒に混じっているような、不思議な音が響く。
音量はそれほど無いはずなのに、それは高地全体に響いているようだった。
「その笛、なに?」
「龍呼びの笛って呼ばれるものでね、偶然骨董市で見付けたから買ったんだけど、真贋はわからないわ」
「それでドラゴンが来るとか言わないよね」
「まさか。一縷の望みってやつ。笛を吹くだけでドラゴンが来るわけないでしょ」
「それを聞いて安心したよ」
「こういうドラゴンを使役したり、招いたりっていう、伝承だとかは結構あるのよ。それが、どういう経緯で発生したのか、実際にドラゴンの生息域でやってみれば、感覚だけでもわかるかと思ったの」
「確かに不思議な音だったね。僕も吹いてみていい?」
「ダメに決まってるでしょ!」
彼女にしてはすごく珍しく、顔を赤らめて、笛をバックパックにしまった。
いまさら、そのくらい気にする仲でもないと思うんだけど、僕の幼馴染みはよくわからない。
「やりたいことは終わったから、そろそろ帰る?」
「もういいの? てっきり泊まりがけになるかと思ったよ」
クノンの装備はそのくらいあったんだ。
「メインはハイキングって言ってるでしょ」
断熱材って面では、ほんの少しだけ残念だけど、身の安全って面では、これ以上ないほど重畳だ。
「それじゃ、帰ろっか。荷物持つよ」
「らしくない気遣いね、どうしたの?」
「僕の方の荷物が軽くなったからね」
「別にいいわよ。私の荷物だし」
「でも、風強くなってきたから」
言いかけて、首を捻った。
さっきまで、そよ風が吹く程度だったのに、いつの間にか、かなり風が出てきてる。
その勢いは、段々と増すようで、強風と言えるようなレベルになった。
「上!」
クノンが空を見上げる。
強風の原因がそこに居たんだ。
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