断熱材 プロクスティオ=ウィラード

 当日は快晴で、これ以上ないくらい、ハイキング日和だった。

 電車で一時間。

 少しの遠出が非日常感あっていい。

 今回の目的地はモナタと呼ばれる高地で、電車から降りて、車でさらに一時間で到着した。

 見渡す限りの緑は、背の低い草が殆どで、その柔らかな葉を心地よい風に揺らしてる。

 なだらかな丘陵が繰り返し、それが少しずつ標高を上げて、山と呼ぶには少し足りない高地を形成していた。

 道は敷かれてないけど、岩も殆ど無くて、驚くほど歩きやすい。

 こんな最高なハイキングスポットなのに辺りに人工物は見当たらなくて、僕たち以外の人間もいない。

 隣に立つ幼馴染みの装備が重装な事を除けば、かなりハイキングっぽかった。

「最後にもう一度だけ聞くけどさ、ハイキングなんだよね?」

「そう言ったでしょ」

「まぁ、それならいいや」

 二人分の弁当とか、水筒とか、簡素なものしか入っていない僕のリュックと比べて、数倍はあるクノンのバックパックは、明らかにフィールドワーク用だったけど、目を逸らすことにした。

 実際、道中はびっくりするくらいハイキングだったんだ。

 並んで歩いて、景色や気候の感想を言ったり、日常の話をしたり、くだらない冗談を言ったり、まぁ、いつも通り。

 だいたい、四十分くらいの道中は、普通に楽しかった。

 少し歩き疲れたってくらいで、この高地で一番高い場所に辿り着いたんだ。

「ここで、お昼にしない?」

 果てしなく続くような草原を見下ろして、腰を下ろすと、爽やかな達成感があった。

「いいね、ちょうどお腹空いたなぁって思ってた」

 そんなわけで、昼食になる。

 こういう時、僕が弁当を作ってくるのが常になってる。

 なぜそうなったかは、クノンの名誉の為に言わないけど、何事にも得手不得手ってのがあると思うんだ。

「こんないいところなのに、誰も居ないの不思議だね」

「別に不思議じゃないわよ」 

 何気なく口にした疑問だったけど、その返事で何かを察するには充分だった。

「どんな魔物が出るの?」

「プロクスティオ=ウィラードよ」

「随分長い名前だね」

「俗称だとドラゴン(※1)ね」

 わぁ、随分短くなった!

 いや、そうじゃなくて。

「ドラゴンって、あの空を飛ぶドラゴン?」

 魔物に疎い僕でも流石に知ってる。

 最強格の魔物だ。

 不思議な話なんだけど、多くの世界で、実際に魔物が存在しない世界でも、ドラゴンとかそれに類する創作はあって、その殆どで最強の生物とされている。

 魔物が存在する世界だと、ドラゴン種と近しい生物が存在する世界が大半で、そこでもやはり最強の魔物って位置にあったりする。

 こういう、世界を超えて存在する伝承とか関係性を調べる学問もあるらしい。

 それは、別の話なんだけど。

「それが、ここに出るの?」

「そう言われてたのよ、最後の目撃例は二十年くらい前になるけど」

「なんだ、元生息地ってことかぁ、驚いたよ」

「生息数が減って、絶滅危惧に指定されてる魔物になるから、直接見られるとは流石に思ってないわよ。元々、寿命が長くて、繁殖力が低い種ってのもあるけど、危険度から討伐対象にもなりやすくって、個体数を減らしたのね。その上、保護も難しいから、かなり絶滅の危機にあると言っていいわ。現在だと、彼らを守るために、その生息域を保護区にして、なんとかしようとしてるの。ここも、一応その対象になりそうだったんだけど、目撃例が少ない上に、近年は全くないから、保留状態で止まってるのが現状ね」

「だから、誰も居ないし、なにもないのか」

「そう言うこと」

「それで、ここにハイキングに来たってこと?」

「メインはハイキングって言ったでしょ。ついでに、すこーし、ドラゴンが居た場所を調べられたらいいなぁって思っただけ」

「最初っから素直にそう言えばいいのに」

「魔物関係って言うと、ファム渋るでしょ」

「危なくないなら別に渋らないって」

 そう、危なくないなら。僕が渋る理由はあんまりない。

「危なくないなら、ね」

 クノンさん、なんでそこで含みを持たせて笑うんですか?

 危なくないんだよね?

  

※訳者注釈

※1

 流石に、俗称はそのまま「ドラゴン」という名称ではないが、意図する部分が同じであったため、この名称を用いた。

 翼の生えた巨大な爬虫類。

 地球上の創作上の魔物と似た特徴を持つ魔物は稀だが、ドラゴンはその中でも数少ない例外と言えるだろう。 

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