進級試験 被食者の一日

 進級及び卒業試験は午前と午後にわけて、丸一日かけて行われた。

 午前は、プレゼンテーション。午後はポスターセッション。

 つまり、午前は一対多で発表を行って、午後は一対一で質疑に応える。

 教授側から言うと、午前は獲物を探す時間で、午後は獲物を仕留める時間。

 僕たち学生は、一日通して駆られる草食獣(なんて理不尽なんだ)。

 そんな草食獣にできることは、身を守るための小さな牙を準備するとか、切り離すための尻尾を生やすとか、逃げ切れるだけの脚を鍛えるとかそういった所になる(もちろん比喩だよ)。

 僕?

 僕は目をくらますための、擬態でどうにかやり過ごそうとしたんだ。

 結果から言ったら、僕が準備できたのはテーブルに布をかけただけのもので、そこにオリジナリティとかクリエイティビティとかは望めなさそうだった。

 そもそも「こたつ」って物自体が、既存のアイデアを組み合わせただけの物だから(既知の組み合わせもクリエイティビティだって話は置いておくとしても)、その目新しさだけで乗り切るのは初めから無理な話だ。

 僕が勝負できる部分があるとするなら、それを「自分の力で」ここまで作ったって事実。

 なにより、ルルシア湖の発見とか、ヤヴルロブロに関するサバイバルとか、有名芸術家との合作(誇張表現)とか、目を引けそうな部分は充分だと思った。


午前のプレゼンテーションを終えた時点では、会場の反応は割とよかったんだ。

 焦点をこたつそのものよりも、その制作過程に向ける事ができたし、実のところ、ルルシア湖以降、僕の変な活動は、少しだけ話題にもなってたりしたから、そのバリューだけで乗り切れそうだと思った。

 僕が忘れていた事があるとするなら、教授達がその程度の擬態に踊らされるようなハンターじゃなかったって事。

  

「こたつ、という商品は少なくとも、現在の生活様式とは符合しない点が多そうだけど、君がこたつを作ることで、提示したいのは、新しい床座形式の生活様式って事でいいのかな?」

「床座がメインと言うよりは……そうですね、生活の中の限られた一部として床座を取り入れるのはいいかもしれないと思います」

「君の説明を聞く限り、こたつはリビングでの使用を目的にされているよね。一部と言うより、そこは生活のメインになる空間じゃないかな?」

「僕の転生前世界では、そうでした。でも、リビング使用に拘る必要もないと思うんですよ。例えば書斎とかよりパーソナルな空間での利用もいいかなぁと」

「ちなみに床座を生活に取り入れる事の利点は、こたつが利用できる以外になにかあったりするかな?」

「……えーっと」

 とか。

「君、かなり変わった方法で素材を集めているね。その意図する部分について今一度聞かせてはくれまいか?」

「普段、僕たちは様々な物質に囲まれて、生活しているんですが、その物質がどんな過程で作られて、供給されているか、については驚くほど無知だと思うんです。自分の力で素材を集めるという事は、そういった、ごく当たり前に存在する社会を見直す機会になると思いました。実際、布一つ入手するのでも、僕一人の力ではどうする事もできませんでしたし」

「とは言え、君の各素材の入手方法は、ごく当たり前と呼ぶには些か特殊に思えるが?」

「はい。こたつと言う、僕の転生前世界で既存だった物を作るに当たって、できる限り、この世界でしかできない方法と素材を用いて作ると言うのを一つのルールとして定めましたので。そうする事で、結果的に過去の技術や、逆に最新の技術に触れる事ができ、とても有意義な経験ができたと思います」

「しかし、それは出発点である、物質社会を見直す試みからはズレていないかな?」

 とか。

「こたつ、面白いねぇ。僕も転生前は床座の生活をしてたけど、こういうアイデアはなかったなぁ。テーブルに布かぁ、完成したら中にヒーターも入るんだって?」

「はい」

「へぇ、部屋全体を暖かくするより、より身体に触れるクローズドな空間を作ることで、暖かさを保つ工夫は面白いねぇ。でも、この世界だと家自体を暖かくするような設計とか、技術が既に確立されてるわけだよね。そういう中で、こたつ、ってアイデアは面白くはあるけどさ、もう一歩発展的な形にはできなかったのかな?」

 とか。

「完成していない物を見せられて、評価しろと言われてもね。素材の自力入手に拘っていたみたいだが、完成していないのでは話にならない」

 とか。

 面白いくらいに、ボコボコにされた。


 その結果……進級試験は、合格。

 えっ、合格?

 張り出された、合否判定を僕は二度見した。

 半分くらい諦めてたんだけど、なぜか合格してた。

「レイラ教授、僕、合格でいいんですか?」

「不合格の方がよかった?」

「合格の方がいいです!」

「だろうね。君の課題かなり評判よかったよ」

「あんなに、ボコボコにされたのにですか?」

「あんなの、ただのじゃれ合いだっただろ? 本気で殺す時は、もっと深く刺すさ」

 嘘だろ?

「なにより、バカな事する学生は受けがいいんだよ。今後も、バカな事してくれよ」

 これは……褒められたのかな?

 

 そういうわけで、僕はなんとか、未完成のこたつで、進級試験を乗り切った。

 進級試験って目的だけなら、ここで、途方もなく疲れる上に大変な、こたつ作りを辞めてもよかった。

 ここで辞めても、綺麗なテーブルと布のセットを僕は手に入れてたし、記念品としては充分過ぎる。

 ただ、それじゃダメだとも知ってた。

 文字や設計を聞いただけでは絶対に伝わらないであろう、本当の魅力を、こたつを完成させることで伝えないといけなかったんだ。

 

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