木材 夢を駆けるカルナーシス

 端材合板の作り方は結構簡単で、小さな端材を沢山集めて、接着剤でくっつけて、圧縮して板にするだけ。

 これまでルルシアを再結晶させたり、布を作ったりした時みたいに、色んな薬品を混ぜたり、沢山の段階を踏まなくていいのは楽そう。

 問題があるとすれば、ここら辺にそれを楽にできるような機械とかはないって事だった。

これまで、なにかと言い訳したり、流れで機械を普通に使ってたけど、今回は本当の意味で、自分の力で加工する必要が出てきたんだ。

 そもそも、接着剤もなかったから、それを手に入れる所から、僕の端材合板作りは始まった。

「接着剤ねぇ……それなら、白接ぎの木がいいんじゃないかしら? スニちゃん、お願いできる?」

 スニに案内してもらって、森へ。

 なんか、最近森に行ってばっかりだ。

 とは言っても、ここの森はルワヌボワほど鬱蒼としてなくて、日当たりもよくって、空気もほどよく乾燥してて、快適だった。

 そして、白接ぎの木は直ぐに見付かったんだ。群生してたからね。

 白接ぎの木って言うのは、俗称で、学名はサフェルスコッラって名前らしい。

 スベスベした表皮が特徴的な木で、この幹を傷つけると、その傷を塞ごうと樹液が出てくる。この樹液が接着剤として、昔から使われていたんだ。

 いわゆる、伝統的な接着剤ってやつ。

 何本かの木に、傷を付けて、垂れてくる樹液を回収できるように、幹に容器を括り付ける。

 あとは、一日放置して、容器を回収すれば終わり。

 一本の白接ぎの木から採れる樹液は微々たるものだったから、結構な数の木から何日かに分けて回収しないといけなかった。

 さぁ、あんまりのんびりしてられない。

 接着剤の入手と同時進行で、圧縮するための装置作成にも取り掛かった。

 これは、かなり原始的な方法に頼ることにしたんだ。

 つまり、木の枠と石の重しって方法。

 木の枠に関しては、少しズルかもしれないけど、スニに作って貰った。

 スニロイエの仕事の役割分担の関係上、スニが僕の作業をかなり手伝ってくれたんだ。

 スニに木枠を作って貰っている間に、僕は重石になりそうな石を探して、集めて、運ぶ。重労働には違いなかったけど、ヤヴルロブロの時に比べれば全然楽だった。

 ここまですっごく順調!

 最後は端材だ。

 と言っても、これは仕事場の小屋に沢山あったから、これも入手には全く困らない。

 ただ、それを使おうとしたら、スニから止められた。

「とっておきがあるから」

 二人の家に来てから、三日が経ってて、この頃にはスニも僕に随分慣れて(僕もスニに慣れて)、会話は少し円滑になってた。

「とっておき?」

「タプケルス」

 聖なる木、タプケルス。

 未開の島ナデユルにしか生えない原生種。

 無数の魔物が徘徊する過酷な環境の中で、その周りにだけは魔物が寄りつかない事から、魔物を払う効果があるとされ、昔から今に至るまで非常に高値で取引される木材だったりする。

 材木としての性質は、堅く丈夫で、腐食にも強い。白くて美しい木目も特徴的で、芸術作品や宗教建築に用いられる。ただ、その堅さから加工は難しく、扱いにくい木材としても知られる。

 らしい(調べた)。

 ここまで、詳しくは知らなくても、貴重って事は調べる前の僕でも知ってるくらいには有名な木だ。

 いつも、木材は注文で済ませる二人でも、この木で木像を作ることを決めた時には、自分たちで現地に行こうと思ったらしい。

 ソラが護衛の依頼を受けたのが、このタプケルスを伐る為にナデユルに行った時で、その時の木の乾燥がようやく終わったって話だった。

「そんな、貴重な木、いいの?」

「折角だから」

「ありがとう、スニ」

「……別に」


 その話を聞いた翌日。

 スニはタプケルスの前に立っていた。

 この日、ロイエさんが起きてくるまで待ってから、スニは剣を握る。

 いつものように、いきなり斬り出すんじゃなくて、二人の相談から作業は始まった。

 明らかにスニは緊張してて、その空気が小屋の中に満ちている。

 スニが動いて、一刀目がタプケルスに入った。

 そこで、スニは止まり、息を整えて、二刀目に移る。

 いつもよりも、かなり慎重に、スニは剣を振っていった。

 斬り出されるカルナーシス様の姿はいつもの形とは全然違って、躍動的で、今にも駆け出しそうなように見えたんだ。

 いつもの三倍くらいの時間をかけて、スニは剣をおろした。

「素晴らしいわ、スニちゃん! ここからは、私の仕事ねぇ」

 こうして作られた木像は、「夢を駆けるカルナーシス」って名前を貰って、この年のノテロス芸術賞の大賞作品になって、スニロイエの新たな代表作になるけど、それは別の話。

ただ、この場に居合わせたって事は、僕にとってかけがえのない貴重な経験だ。

 

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