木材 彼女たちの生活

 芸術家の朝は早くない。

 と言うか、かなりゆっくりだった。

 僕が起きたのは、一コマ目の講義があったら余裕で遅刻ってくらいの時間。

 その時、スニが丁度朝ご飯のパンを食べているところだった。

「おはようございます」

「…………はよ」

 相変わらずの三白眼で、スニは僕を睨んでた。

 少しして気付いたけど、彼女は別に気難しいわけでも、機嫌が悪いわけでもなく、単に、目つきが悪い、無口で、少し人見知りなだけ。

 実際は、結構優しい人だ。

「……食べる?」

「はい」

 彼女と(僕が一方的に話しながら)朝食を食べる。

 ちなみに、このパンは、近くの農家の人の手作り。

 この辺りに住む人たちは、「可能な限り自分たちの手で」生活に必要な物を作る生活を好む傾向にあって、そういう意味では今回、僕のこたつ作りでも見習う所は多かった。

 朝食を食べたら、スニは仕事場に行って、仕事をはじめる。

 仕事場は家に隣接する形の小屋で、敷地だけなら住居より大きかった。

 ただ、小屋の中は木材とか作品が置いてあって、実際よりは狭く感じたけど。

「……見る?」

 自分の背丈よりも大きな丸太の前に、長剣を持ってスニは立つ。

 僕よりも背の低いスニが、僕でも振り回せなさそうな長剣を持つ姿は、なんだか不思議に見えた。

「はい」

「……下がってて」

 スニの身体が、長剣の重さに引っ張られるように揺らめいたと思うと、大きな踏み込みと同時に下から長剣を逆袈裟に振り上げる。

 鋭い切れ味で、丸太の一角が平らになる。

 振り上げられた長剣に引っ張られるように、つま先立ちになったスニは、再びその勢いを利用するように今度は角度を変えて振り下ろす。

 スニが揺らめき、長剣が振られ、丸太が斬られる。

 一連の動作は一時も止まることなく、流れるように続いた。

 スニの動きに目を奪われている間に、丸太はいつの間にか、胸の前で手を組むカルナーシス様の姿になってた。

「……ふう」

 小さなため息と共に、スニが剣をおろす。

 僕が考えてた木彫りって、ノミと金槌でコンコンって削っていくイメージだったから、スニのやり方は彼女が剣を振るう様も合わせて、とても驚きだった。

 言葉少ないスニの代わりにロイエさんが説明してくれた所によると、スニは転生前は名の知れた剣士だったらしい。その時の技術が木彫りに生かされてるって話。

 ちなみに、この日、ロイエさんが起きてきたのは昼前だった。

 僕が滞在していた間、ロイエさんが起きてくる時間はだいたいこの辺りで、お昼ご飯を食べてから、彼女の仕事は始まる。

 ロイエさんの仕事は、スニが大まかに斬った木像の細部を削って、完成させること。

 スニの流れるような剣捌きも見事だったけど、それを動とするなら、ロイエさんの彫刻刀を使った彫り出しは、静と呼べるもので、地道な一彫り毎に、木像に命が与えられていくようだった。

「スニちゃんは速いけど、私が遅いからねぇ。完成まで三日くらいはかかっちゃうのよ」

 つまりスニは一体彫り上げたら、三日は暇になる。その間に、畑仕事をしたりしていて、二人の生活はとても自由でゆっくりとした時間が流れているように感じた。

 生活の多くの部分は、自給自足と周囲の農家から直接買っているもので成り立っていて、なんだかとても地に足が着いた生活だと思ったんだ。

 

 さて、スニロイエの工房見学をするために、遙々ノテロスまで来たわけじゃない事をそろそろ思い出さないと。 

 

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