布 かつてブニブニだった、布!

 翌日。言われた通り、昼過ぎに行くと、驚くべき事にハマは不在だった。

 街だけじゃなくて人もラフだ。

「あー、彼、フィールドワークに出かけてるわね、帰ってくるのは夜になるかしら。実験なら設備は自由に使っていいわよ」

 ハマの助手っぽい女性の許可をもらって、僕たちは実験を開始したんだ。

 実験の方法は、当然のように、クノンが把握してたからね。

 昨日、プールに入れたヤヴルロブロの体組織は完全にカピカピになってて、あんまり綺麗じゃない海苔みたいだった。

 もしかしたら、この状態を見た人がヤヴルロブロを食べることを思い付いたのかもしれない。

「先ずはこれを細断するわ」

 乾いた体組織は手で簡単に割れるくらいパリパリで、最初にその上を歩いて、ある程度の大きさに割っていく。

 冬の日、水たまりに張った薄氷を割るみたいな感覚。子供がやったら大喜びだ。

 こうなる前の姿を知っているから、なんか微妙な気持ちになったけど。

 割ったら、細断機にそれを入れて、さらに細かくする。

 五ミリ角の破片になったそれを、送塵機に入れる。

 送塵機は風の力を利用して、重さで素材を分類する機械。

 ちょうどよく、ヤヴルロブロの体組織と、その他の不純物を、分けられるような風量に調整するんだ。

 ここで少し手間取った。

 ようやく調整が終わって、山のような(それでも、元々の体積からするとかなり少ない)破片を送塵機へと入れる。

「おぉ、やってるね!」

 その頃にハマが帰ってきた。

 なんでも、珍しいロブロの目撃情報があったから、調査に出てたらしい。

「聞いてくれよ! アルビノのトランロブロが見付かったんだ!」

 クノンとなにやら盛り上がってたけど、僕は完全についていけなかった。

 それはさておき、ここからハマが手伝ってくれたから、少しだけ楽になった。

 ここまで、やった事だけ書くと、そこまで大変でもなさそうだけど、プールいっぱいの体組織を二人だけで、砕いて、細かくして、送塵機に入れるって結構大変だったんだ。

 実際、ここに来るまでに、すっかり夜になってた。

 不純物を取り除いた素材を、また細断機にかけて、今度は粉状にする。

 ここまで来ると、見た目は砂みたいになって、あのブニブニからできた素材には見えなくなった。

 まぁ、布になるようにも見えなかったけどね。

「ここで、今日は終わりにするかい? それとも、最後まで行っちゃう? まぁどっちにせよ、お腹空いたから、夕食にしよう!」

 そんなわけで、ハマに連れられて、いったん、腹ごしらえ。

 ついでに助手っぽい女性、名前はシトニも一緒に行くことになった。

 その間、クノンとハマ、シトニはずっとロブロの研究の話をしてて、僕はそれを聞いてた。

 話を聞いててわかったのは、クノンの魔物狂いはかなり重度だと思ってたけど、ハマって超重度のロブロ狂いに比べると、かなりマシだったって事だ。

 ちなみに、シトニはハマの奥さんで、彼女も割とロブロ狂いだった。

 まぁそんな会話の中に混ざったおかげで、僕も少しロブロについては詳しくなったんだけど。この知識はたぶん、この先使うことはないんじゃないかな。

 食事の中で、この先の実験にかかる時間と、僕たちが滞在できる時間(長期休暇ってわけでもないから、講義を休んでる)を考えて、今日の内に終わらせてしまおうって話になった。

 さあ、お腹も満たされて、実験再開だ!

 ロブロだった砂を希塩酸(※1)の入った大きなドラムにザーッと入れて、かき混ぜる。

 変化は劇的だった。

 黒っぽかった砂から色が抜けていくんだ!

 代わりに溶液の方はどんどん黒くなっていく。

 ある程度かき混ぜたら、表面に浮いた砂を回収して、また次の希塩酸に入れる。

 これを合計三回繰り返して、最後に回収した砂は真っ白になってた。

 ここまで来ると、ロブロの面影はない。

 なんなら、少し綺麗だとすら思えた。

 ついでに、量もかなり減ってた。

 そして、いよいよ最終段階。

 今まではかなりラフな分量でやってたけど、ここに来てはじめて、しっかりと秤量が入る。

 真っ白な砂の重さを量って、それに対応した量の霊峰水を加えて、加熱する。

 砂が溶けて、粘性の高いドロドロの液体になった。

 そのドロドロになんだか、ヤヴルロブロだった面影を感じて、なんだか懐かしさすら感じる(たぶん、徹夜で変なテンションだったんだ)。

 そのドロドロをローラープレス機にかけと、ペラペラになって固まった。

 固まった物を見ても、僕はそれが布なのか判断に迷ってた。

 薄いそれは、白っぽい半透明で、見た目は綺麗だったけど、僕の想定する布とはかなり違ったものに見えた。

 ひょっとすると、僕の言う布と魔物狂いたちの言う布の定義が違ったのかもしれない。

 そんな不安は、それを手に取った瞬間になくなった。

 その手触りは間違いなく布だったんだ。それも上等なシルクのような、さらりとした柔らかさと、適度な伸縮性、思いの外しっかりとした質量。

 シルクが虫の糸から作られてる事をはじめて知った人は、きっと驚くだろうけど、この布がヤヴルロブロから作られてる事を知った驚きに比べると、微々たる物なんじゃないかと思う。

 それくらい、完成したソレは完全に布だった。

「布だ!」

「最初っからそう言ってるじゃない」

 こうして、僕は布を手に入れた。

「クノン、君は最高の幼馴染みだ!」

「知ってるわよ!」

 達成感と、安堵と、徹夜のテンションで、僕らは、らしくなく手を取り合って喜び合ったんだ。

 空はもう明るくなってた。

 この後、また丸一日かけて帰るってイベントを、この時の僕は忘れてたけど、それは別の話。

 どこでもドアが欲しくなった。 

 

 湖いっぱいのヤヴルロブロを狩って、プールいっぱいの体組織を加工して、手に入れた布はだいたい横一メートル、縦十六メートル。

 こたつ布としては充分な量だけど、労力から考えると少ないと思った。

 異常発生するヤヴルロブロの処理と、それで出てしまう死体の処理は環境問題の一つになっているらしい。

 僕が今回の布を手に入れるためにした実験はその解決策の一つ。

 とは言っても、現段階じゃ商業として成り立つレベルにはなってなくて、試行錯誤の段階らしい。

 ハトゥーマ博士とそのチームがヤヴルロブロや他のロブロ種の問題解決に向けて日々研究を続けている。

 

 ひどく久し振りに思えるシュレ=エコルに戻って、僕はあまり得意じゃない裁縫をすることになった。 

 ヤヴルロブロの布をこたつに合うサイズに縫い合わせたんだ。

 ついでに、布を二重にすることにした。

 そのままだと、僕が思うこたつ用の布としては、すこし薄すぎたんだ。

 二重にしたことで、図らずも断熱性もあがって、こたつ用布として使うには申し分ないものになった。

 僕の裁縫の腕がもう少しマシなら、もっと見栄えがよくなったのに。 


※訳者注釈

※1

 地球に存在する希塩酸と組成が同じかは不明。  

 

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