布 ヤヴルロブロの湖

「ファム、起きて!」

「ん……朝?」

「そ、朝。ほら、準備して、行くよ」

 完全に準備を整えて、フィールドワークモードのクノンがそこにいた。

 テントから出ると、外はまだ薄暗くって、朝って言葉を使うにはいささか早すぎるように思えた。

「朝ご飯は昨日の残りあるから食べて、着替えたら出発ね!」

 魔物関係でテンション上がってる時のクノンを止めるのは殆ど不可能なんだ。

 そういうわけで、まだ薄暗い超早朝の森を僕たちは歩くことになった。

「これと、これ、あとこれも持って」

 クノンから渡されたのは、槍が二本と網が二本、あと僕の身長の半分もある大きなボックスだった。

 重さ的にボックスは空で、たぶんなにかをこの中に入れることになるんだろう。

 網はまぁいいとして、槍はどう使うのかあまり考えたくなかった。

 手書きの地図と方位磁石を頼りにクノンは歩く。

 僕は少し歩いた時点で、どっちにキャンプがあるのかすらわからなくなった。

 仮に、ここでクノンとはぐれたら簡単に遭難できる。

 そんな状態で、歩く。

 時間の感覚が前日からかなり変になってて、どれだけの時間歩いたのかはわからなかったけど、超早朝が早朝になるくらいの時間が経ってた。

 でも、そんなに歩いた感じはしなかった。 

 僕たちは、湖に辿り着いたんだ。

 いや、正直に言うと、初見で僕はそれを湖だって思えなかった。

「着いたわ」

 木々の密度が下がって、視界が開ける。

「沼?」

「一応、湖らしいわ」

 朝日に照らされたそこは、なんだかすっごく、ドロッとしてたんだ。

 水の色は黒くって、光がウネウネ反射してる。

「ここで、なにするの?」

「ヤヴルロブロの体組織を回収するの」

 体組織ってなんか、嫌な言い方だなぁって思った。

「んじゃ、そのヤヴルロブロが来るのを待つんだね?」

「何言ってるの、いるじゃない」

 クノンの視線は沼っぽい湖に向けられてて、なんだかすっごく嫌な予感がした。

「クノン、教えて欲しいんだけど、ヤヴルロブロってどんな魔物なの」

 僕は自分の直感が間違いであることを信じたかった。

「ロブロは不定形の特殊生体生物が殆どをしめる種ね。その中でもヤヴルロブロは、昨日も言ったと思うけど、湖や沼地に生息するものよ。食性は主に光合成、あと一応肉食で、体内に入った生物を溶解して吸収するわ。動きはかなり緩慢で、殆ど移動をしないわね。例外的に生息域の水源が枯渇した場合に、乾燥形態って特殊な状態になって移動を行うことが知られているわ。特徴的なのは個体って概念がかなり希薄なことかしら。同じ生息域に存在するヤヴルロブロは融合と分離を繰り返しているわ。このパターンを調べる研究も注目されててね、今回機材を貸してくれた人は、その研究の第一人者なの。あと、身体の九十パーセントが水分で構成されていて、外殻を破るとかなり粘性の高い体液がそこから溢れる。今回はこれを回収するのが目的ね。大量発生によって、水源を埋め尽くすほどになると、周囲に住むそこを水源とする動物たちが水分を確保できなくなって、影響が出るから、討伐もできて一石二鳥ね!」

「えーっと、要約すると?」

「目の前の沼っぽいドロドロが全部ヤヴルロブロ、これを処理する」

 光がウネウネ反射してたのは、沼特有の粘性が原因じゃなかったらしい。

 よく見ると確かに、風に水面が揺れるのとは違う感じで、湖が波打っていた。

 湖の広さは少し広めのプールと同じくらい。

「冗談?」 

「まさか」

 まさかって言いたいのは間違いなく僕の方だ。

「クノン、もう一つだけ確認したいんだけど」

「なに?」

「僕が作りたいのは布って知ってるよね?」

「もちろん」

「これが、布になるとは思えないんだけど」

「今のところ、私も思えないけど、論文があるからたぶん大丈夫」

 おっと、なんか雲行きが怪しくなってきた。

 僕が想定してた、魔物由来の布って、よくわかんないけど、ふわふわした感じの魔物の皮をそのままなめして使うとか、なんかそういうのだった。

 まさか、こんなブニブニのよくわかんないのを布にするなんて、どう考えても正気じゃない。

 いや、魔物に関してクノンが正気な事が珍しいんだけどね。

「あと、この沼のヤヴルロブロをこの槍で全部倒すの?」

「もちろん!」

 確認したいことが一つじゃないとか、これから僕たちがしないといけない事に比べたら、些細な問題だと思うんだ。  

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