布 その場所の名はルワヌボワ

「泊まりになるから、着替えも何着か持ってきてね、汚れてもいいもの」

 事前にそう聞かされた時点で、既に少し予定をキャンセルしたくなったんだけど、目的地は僕の予想を遙かに超えてた。

 飛行機で六時間、空港から電車で五時間、そこから車で一時間。

 まさか、移動だけで丸一日かかるなんて思ってなかった。集合時間がやけに早かったのはこういう理由だったらしい。

「ココ……ドコ?」

 合計十二時間の移動で僕の感情は完全に死んでた。

 その上、「着いたよ!」って、車からおろされた「目的地」がどう見ても、鬱蒼とした森の真っ只中だったから尚更だ。

「ルワヌボワ」

 うん、聞いたことない地名(?)だった。

「ソレ……ドコ?」

「この森の名前」

「……へぇ」

 正直に言うと、僕は森があんまり得意じゃない。

 虫が苦手だし、転生前も今も文明社会の中での生き方しか知らないから、人工物が一切無い森の中だと、自分の無力さが恐ろしいんだ。

 僕の転生前世界に「どこでもドア」って言う、扉を開けたら一瞬で目的地に到着してるって人類の夢を詰め込んだ素晴らしい創作物があったんだけど、これまでの生涯(※1)でこの時が、一番そのアイテムを求めてた。

 ごめん、嘘。どこでもドアは常に欲しい。

「さっ、キャンプを張ろ!」

 この日のクノンは五割増しでテンションが高かった。

 いや、魔物に関する事だと、いつもテンションが高いんだ。

「キャンプって、ここに?」

「わかりやすい場所の方がいいでしょ?」

 わかりやすい?

 僕には右も左も前も後ろも、全く同じ森に見えた。

 停まってる車の向きから、かろうじてどっちから森に入って来たかがわかるくらい。

「早くしないと、暗くなるわよ」

 暗くなるって言われても、森は既に鬱蒼と薄暗かったし、長時間の移動で感覚が完全に死んでたから、今が何時かもわからなかった。

 デバイスを見ると、十九時が近かった。そして、当然のように圏外って表示が出てた。

 そんな僕を尻目に、クノンは車からキャンプ用の資材をテキパキと運び出して、組み立ててる。

「いつの間に、そんなもの」

「地元の研究者にお願いしてたの」

 ああ、ついに決定的な言葉が出ちゃった。

 特殊生体生物科の学生の頼みを聞いて、キャンプの資材を準備してくれる研究者って言ったら、特殊生体生物の研究者に決まってる。

 道理で借りた車が二人で乗るにはやけに厳つくて、すっごく大きなオフロード車だったり、レンタカーのはずなのに、僕たちが乗るところ以外、荷物で占領されてるわけだ。

「もしかしなくても、ここに来たのって、魔物関係?」

「いまさら気付いたの?」

「気付いてたけど、考えたくなかっただけだよ」

 クノンが思い付いた解決策なんだから、その時点で魔物関係だってことは察してた。

 魔物研究って分野だとクノンは学生の身でありながら、割と有名なんだ。

 それは、彼女が転生前から魔物研究一筋ってところも関係してる。転生前の彼女は志半ばで病死したから、今生こそは心行くまで魔物の研究をしたいらしい。

 そういう、転生しても変わらない情熱って僕はとてもいいと思うし、羨ましいと感じる。

 それと、僕が魔物が苦手って話は別の問題だけど。

「それで、今回の魔物はどんなやつ?」

「ヤヴルロブロ」

 うん、聞いたことない名前だ。

「それってどんな魔物?」

「ロブロ種の一つで、湖や沼地に多く生息するロブロね」

「へぇ」

 頷いたけど、そもそもロブロがわからなかった。

「ロブロの中でも、ヤヴルロブロは、時々異常増殖して環境に大きな影響を与えるの。その要因の研究は進んではいるんだけど、処分したロブロをどうするかって問題はまだ研究段階なの」

「つまり、そのロブロを布にできないかって?」

 忘れちゃいそうだったけど、僕がこんなところでキャンプを設営してるのは、布を作る為だ。

「そういうこと」

 魔物で作った布って、なんだか凄そうだ。

 

※訳者注釈

※1

 厳密な言語的ルールがあるわけではないが、「生涯」は転生前、転生後、どちらも合わせた生きている期間。「人生」は転生前か転生後、どちらかの期間と言った用いられ方をよくする。

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