熱源 ルルシアの再結晶

 僕が持ち帰った魔熱石ルルシアは既に再結晶されたもので、性能面だけを見れば、ここから加工する必要はないように思えた。

 綺麗な青い鉱石は、素手で触ると火傷しそうなくらいには熱かったけど、断熱手袋を溶かすほどではなかった。つまり、完全に再結晶の終わったルルシアだった。

 ただ、形状からすると、まだ加工する余地があったんだ。

 あの美しいドームの床を切り取って持ってくれば、そんな必要なかっただろうけど、流石の僕でもそんな事はできなかったからね。

 僕が持ち帰った、壁から顔を見せてたルルシアは、床にあったものと比べると、固まり方が歪で、中に土や不純物を含んでいて、形もそのままの熱源として用いるには不都合なゴツゴツした塊だった。

 だから、もう一度溶かして、成形し直す必要があったんだ。

 ルルシアの融点はおよそ三千度。

 再結晶前のルルシアなら、その高い吸魔性から魔力を与えるだけでその温度になったんだけど、一度再結晶しちゃったルルシアだとそうはいかない。

 三千度の高温を作り出す方法を色々と調べたけど、あまり現実的なものはなかった。千度くらいまでなら、手作りの窯でもいけそうだけど、三千度となるとそういう半端なものじゃまず不可能みたいだった。

 そんなわけで、ルルシアを手に入れたはいいけど、僕の計画はここで躓いた。


 ここで、一端ルールに立ち返ろう。

 ルール1

「こたつに必要な全ての材料を(できるかぎり)自分で入手し加工すること」

 例えば、ルルシアを採る時、僕はガイドとしてソアラちゃんの力を既に借りてる。

 でも、最終的に採取したのは僕だからセーフってことになる。

 そういう点で考えると、誰かのアイデアを借りても、最終的に作ったのが僕ならセーフにならないかな?

 そもそも、人間はあらゆる世界で社会性動物として存在してて、その利点は、他の個の力を借りることができるってことで、もっと言うと、一個体が持つ力はそのネットワークの力とも言い換えることができる。

 つまり、僕が誰かに協力を仰いでも、それは僕の力の内ってことだ。

 ……詭弁だね。

 まぁ、最初っから「できるかぎり」って言ってるし、ね?

 そんなわけで、行き詰まった僕は専門家に協力を仰ぐことにしたんだ。 

 

「再結晶したルルシアをもう一度溶かしたいんだけどさ、なにかいいアイデアない?」

「ルルシアって、今度はなに企んでんだよ?」

 僕の数少ない友人のデノは、シュレ=エコルの魔法工学部専科生で、めっちゃ優秀な研究者でもある。

 あと、多少無理を言っても聞いてくれるとってもいいヤツ。

「ちょっと、課題に必要でさ」

「ルルシアの融点って何度だっけ?」

「三千度」

「高いな、まぁ溶かすなら、研究室の高温焼成炉使えば、できると思うけど」

「あー、えっと、そういう機械を使わない方法ってない?」

 流石に機械を使うのは、どんなに拡大解釈しても、僕の力って言えなさそう。

 取り敢えず、「今」は譲れないラインだった。

「また変なこと言い出したな」

 これじゃ、僕がまるでいつも変なことを言ってるみたいだ。

「機械って、どこまでがアウトだ」

「可能なら全然使わずに、僕自身の力だけでやりたいんだけど」

「お前はいっつも、いい課題をくれるよ」

もしかしたら、白熱魔法を使えばいいって思う人もいるかもしれないけど、僕は魔法が本当に得意じゃないんだ。

 転生元の地球には魔法が存在しない。知っての通り、魔法がない世界からの転生だと、なかなか魔法を使うって感覚が覚えにくい。まぁあと単純に僕にセンスがないんだけど。

 そういうわけで、今後も、魔法で解決って方法は選べない。

 それに、三千度を保つような白熱魔法なんて、よっぽど魔法に精通した人じゃないと使えないからね。

 

 デノに相談してから二週間後、彼は思いがけない方向から解決策を持ってきてくれた。

 デノが参考にした文献はルルシアに関してではなく、似たような吸魔性とそれに関する性質変化を示す金属、ノソライアに関しての最近のものだった。

 これをルルシアにも応用できないかって、考えたみたい。

「結晶構造の変化によって、ノソライアはその内部に一定の魔力を蓄えるような、かなり特殊な構造を獲得する。これが吸魔性を損なう一因になっているという見方は割と昔からあったんだ。ただ、例えば単純な吸湿性における水分子のやり取りみたいに、事情は単純じゃなくて、魔力とノソライアは厳密に結合関係にあるらしくてな……」

 デノがとっても長く解説してくれた事を要約すると、ルルシアにくっついた魔力を取り除いて、吸魔性を復活させられないかって話だった。

 そうすれば、ルルシアを自分の熱で溶かすことができる。

 そういうわけで、実験開始だ!

 先ずはルルシアを細かく砕く。

 ルルシアの硬度自体はそれほどでもなくて、鉄製のハンマーで思いっきり叩けば割れた。

 デノと二人がかりで約一時間。僕の腕がもう上がらないってくらい叩いて、ルルシアはザラメくらいの細かさになった。

 そうなったルルシアとマギノザイドを混ぜる。

 マギノザイドは黒い粉末で、魔力除去剤の中によく入ってたりする薬品だ。

 まぁ、僕もデノに説明されて知ったんだけど(そもそも魔力除去剤とか使わないし)。

 綺麗なルルシアが真っ黒な粉まみれになるのは、少し勿体ない気がしたけど、これもの為だ。

 次は、色んな薬品を混ぜ合わせて溶液を作る。

 色んな薬品って、随分曖昧なんだけど、ここはデノに任せたから僕は把握してないんだ。

 と言うより、これは彼の研究課題にもなったらしくって、正式に論文で発表するまでは伏せてくれって言われちゃった。

 その謎の溶液に真っ黒になったルルシアを入れてかき混ぜる。

 本当は加熱する必要があるらしいけど、今回使ってるのはルルシアだから、勝手に溶液は温まって、沸騰しだした。

 しばらくかき混ぜてたら、明らかに溶液の様子がヤバくなってきた。

 沸騰っていうか、煮えたぎってる。

 見る見る間に、溶液が蒸発して、容器の中には黒い塊だけが残った。

 それもつかの間、容器も溶け出したんだ!

 その暴力的な高温は間違いなく、再結晶前のルルシアのものだった。

 実験は成功だ!

 成功だったけど、その後が大変だったんだ。

 耐熱手袋ですら触れない高温の石、ルルシアを溶けた容器の中からなんとか取りだして、三千度でも溶けない型の中に移す。

 マギノザイドがまだ沢山ついてて、真っ黒だったけど、そんなことを気にしてる余裕はなかった。

 部屋の温度が坑道を思わせるほど暑くなってきてたんだ。

 実験に使ったルルシアの量は拳大の結晶が二つだけ。それだけで、部屋を灼熱地獄に変えるんだから、あの坑道が死ぬほど暑かったのもわかる。

 と言うより、このままじゃ僕たちは本当に死んじゃう。

 急いで屋外へとルルシアを持って出て、耐熱装備で身の安全を確保してから、僕たちはルルシアに魔力を与えてみた。

 黒い粉の中で、青い石が眩しいくらいに光を放った。

 細かな粒だったルルシアが溶けて沸騰し始める。

 全ての粒が溶けるのにそんなに時間はかからなかった。

 こうなったら、僕たちにできることは、待つことだけだった。


 翌朝、容器に薄く広がって、再び固まったルルシアに、僕は心から安堵したんだ。

 

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